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2017年4月26日 (水)

九 お金はすぐになくなった

 貯めてきた百万弱のお金は、秋には底を尽きた。

 こんなハズではなかった。このお金で、節約して一年間は暮らそうと思っていたし、実際「貧乏なんです!」と宣伝しまくって、現地での小遣い、いや、生活費稼ぎのために生徒募集したり、先輩方から引き継いだりして頑張ってはいたが、レッスン代もかかるし、フランス語教室には通わなければいけないし、何しろ最初は軌道に乗るまでお金が飛ぶようになくなった。

 勇気を出して、親に頭をさげるべく、ファックスを送った。当時はメールなどない。全て、電話か手紙でのやり取り。安いアメリカ回線の世話になった。

 反対していた父が、見かねてまとまったお金を送金してくれた。これで一年間暮らせと言われる。感謝。って言っても、きっちり卒業後、返済させられたけど。でも何とかこれで卒業してみせよう、最大で四年かかる「プルミエプリ」いわゆる大学卒の資格のようなものを、飛び級できれば最速一年で終えられるのだ。頑張らなきゃ、と思った。(結果は、一回落第して、二年かかってるんだけど)

 そう、欧州の大学は、卒業が厳しい。そう簡単には出さないぞ、ってことである。かなりの成績を見せなければサクッと落とされるのだ。いや〜、見せつけられましたね、その大変さを。そして、留学生らの優秀さを!世界は広い。日本の大学で勉強したことよりももっと楽しかったし、私は夢中になった。

 もっとも、私はあんまり切羽詰まった様子を見せなかったので、まわりの友人からは「もっと頑張ればいいのに」と言われたりしていたのだが、毎日、暗い半地下の部屋で猫と一緒に生活し、朝から晩までピアノを弾いていた。ああ、懐かしいあの時代!自分の勉強のために、時間をフルに使えたあの頃。あの時の私に言ってあげたい、こんな時間はもう二度と来ないよと。空いた時間は日本の友人や彼氏に手紙を書き、コンビニなんてないから昼ごはんにおにぎり作り置きして、練習に疲れたらパクパク口に放り込んではまた弾く。和声学の宿題に追われ、日本のそれとは違う、決まりよりも音楽重視の授業に感心していた。遊ぶお金はなかったが、充実していた青春時代。もう一回やりたいかって言われたらもうやんないけど、それでもあの苦しかった日々が、今に繋がっているのだと思う。

 留学とは、全然楽しいもんじゃないです。まさに修行。ストイックな毎日の中で、適当に娯楽も入れなきゃやってらんない。留学してきた人に、「楽しかった?」と訊いてみて、「楽しかった」と答える人の留学は信頼できない。そう思っている、私です。

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