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2017年4月27日 (木)

十 入学試験

 九月に入ると、短く眩しかった夏はあっという間に終わり、いっきに冬になった。

 そして私の夏も過ぎ、入学試験の日がやって来た。

 日記に書いてあること以外、あんまり記憶にはないので、多分入試はそんなに大変ではなかったと思う。ツェルニーのエチュード、バッハ、シューマンのアレグロを弾いたのは覚えている。そして、次の日に合格通知が来た。念願叶って、アエロフロート片道切符で済んだということである。両親や先生方に早速報告を入れた。

 それよりも私の重大関心事は、エキバランス(学科免除)のことであった。二週間後にある、ソルフェージュの試験。これに合格しないと、けっこう面倒な時間数を出席しなければならない。その他、音楽史、楽曲分析などの授業は、日本の大学の単位取得をコンセルヴァトワールが後ほど判断して、免除にしてくれるかが決まることになっていた。オッケーが出るまでは、出席しなければならない。実技だけで勘弁してほしかった私としては、その時間をピアノの練習に充てたかったけれど仕方がない。だが後々、和声学だけは、ヨーロッパで勉強できて本当に良かったと思うくらい楽しかったのである。

 さて、ソルフェの試験日。

 午前中に学校に行ったのに、試験は午後からになっていた。こんなアバウトなところもヨーロッパなのである。だけど試験は驚くほどアットホームであった。

 まず、新曲視唱の譜面を渡され、五分間の練習時間が与えられる。それから別室で、ピアニストの伴奏付きでザッと歌う。予行練習である。なんて親切!でもその譜面は「ハ音記号」と言って、ト音記号、ヘ音記号の他に五つの記号(ソプラノ、メゾソプラノ、アルト、テノール、バリトン)も含まれている。吹奏楽や、管楽器をやっている人ならお得意であるが、はっきり言って読めない。しかしベルギー人たちは、小さい頃から勉強しているらしく、やすやすと歌えるのである。

 仕方がないので、美しい旋律を覚えてしまうしかなかった。難しいけれど、五分間で何となく覚える。伴奏者が居てくれたのは非常に助かった。彼女も優しくて、「パ プロブレム(問題ないわ)」と励ましてくれる。嬉しかったので、試験では満面の笑みで歌ってしまった。

 試験室に入ると、学長を真ん中に、ズラッと並ぶ試験官たち。

 前奏が入り、順調に階名で歌い出す。最初はト音記号。まだいける。一つ目、ハ音記号クリア。二つ目、クリア…中間部を過ぎた頃、とうとうつまずいて止まってしまった。ああ、何だっけこの音?

 するとどうだろう。学長先生をはじめ、試験官たちが皆、身を乗り出して歌い出してくれたのだ!

 おかげで私は覚えていた旋律をまた、歌い出すことができた。メルシー!そう心の中で叫びながら、無事、最後まで歌い終えることができた。

 結果、ドキドキであったが、私は合格してしまった。友達は落ちて、ブーブー言っていた。日本だったら、あそこできっと、試験官たちは絶対に助っ人などしなかっただろう。ブスッとした顔で腕組みしていたに違いない。ヨーロッパの、音楽に対する柔軟さを見た思いで、感激した。それからまた、聴音の試験もあったわけだけど、これについてはまた後ほど。

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