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2017年4月28日 (金)

十六 音楽と恋愛

 私は男女共に友人が多くて、いつもその個性的な連中に楽しませてもらっているんだけど、恋仲になる者もまた、多かった。高校時代から始まって、いつも誰かしら付き合っている人がいたので、近所のおばちゃん方からも 「あらー、カオルちゃん、今度はだあれ?」なんて、母上がからかわれる始末だった。謝罪申し上げる。

 今度こそはストイックな生活を送るんだと思ってブリュッセルの穴ぐらの中にこもったけど、そうは問屋がおろさなかった。

 秋になると早速、イギリスに留学していた高校時代の彼氏が遊びにやって来た。お互いに、まあ良き友人として再会しようと思っていたのに、頑張っている姿というのは輝いてしまっているもんである。

「オマエ変わったな。見直したよ。」
 とか言って、数ヶ月間、イギリスから電話がかかってきた。私は彼のいる間、イギリスへは遊びに行かなかったけれど(何しろ、北京の彼氏は大陸の果てで応援してくれているのだ)恋愛感情みたいなものは、お互いの中に流れたと思う。いつそれが終わったかは定かではないけど。

 北京の彼は、マメに手紙を送ってくれた。ほぼ毎日届いていたように記憶している。私はポストを見るのが楽しみで、郵便屋さんのベルに思わず、バスタオル一枚で飛び出して驚かれたくらいであった。

 私は男友達にも女友達にも、よく手紙を書いた。そしてみんな、マメに送ってくれた。四年も経つとだんだん日本からの便りは減っていったが、その中でも小学校時代からの女友達、ミーちゃんだけはずうっと手紙を送り続けてくれて、最後の帰国の時に処分するのが惜しまれたくらいである。

 インターネットが普及したのは私が帰国した直後であったから、当時メールなどなかった。でもそれが良かったのかもしれない。アナログな世界で、毎日の時間がゆっくりと流れ、勉強する環境にはぴったりだったと思う。

 そんな生活の中で、半年ほどは、私は遠距離恋愛に没頭していた。北京の彼氏のことは百二十パーセント惚れていたし、大好きだったけれど、それでも不思議と結婚のイメージは全然湧かなかった。きっと彼の方も同じだったと思う。何というか、お互いに頑張っている同志という感じが強かったから。

 だから日本で夏に彼と会うまで、私は一人で頑張ろうと思っていたのに、出会いはどんどん降って湧いてくる。要するに、惚れっぽいのである。だから漠然と、自分は結婚するなら、相当惚れた相手じゃないと破局すると、肝に銘じたのもその頃からであった。

 私のパリの師匠である女流ピアニスト、アンリオ・シュバイツァー氏が、事ある毎に学生に 「オマエは恋愛をしているのか?恋をしろ!恋もしないで、そんな曲を持って来るな。」 とおっしゃっていたが、私には一言も言わなかったのは何かを察していたからであろうか。

 先生は先生で、昔相当なロマンスがあったであろう、金髪を結い上げた青い目がチャーミングな美しいおばあちゃんであった。先生がため息をつくと、それはそれはアンニュイで、魅力的な方だった。

 そのステキなレッスンについては次に書くけれど、とにかく、白状するけど、恋愛することと音楽は、私にとっては切り離せないものであったことは確かである。

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