« 六十七 二年目の夏 | トップページ | 六十九 彼との再会 »

2017年5月28日 (日)

六十八 苦しい気持ち

 彼氏とは喧嘩していたが、一時帰国中、いろいろと師匠に話を聞いていただいたりしていくうちに、私の気持ちは徐々に、更にもう一年、つまり三年目の勉強に向けて、気持ちが固まってきていた。けれど、それを認めたくない自分もいた。勉強を続けようと思っているのに、感情に流される私が心の底で悲鳴をあげているかのようだった。

 その証拠に、私は幼馴染みたちと伊豆の海に行った時に、もう一人のフィレンツェ留学組のヨシエと、「ヨーロッパ戻りたくな〜い!」と叫びながら、澄んだ海に飛び込んでいた。彼女もまた、イタリアの地で苦労ばかりしていたようである。現地で彼女は何度も何度も腹痛を起こしていたから、相当なストレスがあったに違いない。もうじき結婚するミーちゃんもまた、違う悩みを抱えていたと思うが、それはそれで置いといて。

 私はもう一年ヨーロッパに残る目的として、どこかの国で国際コンクールを受けることと、コンチェルトをやること、そしてプルミエプリの証書を取ることを考えていた。師匠、Mr.カワソメは、まあコンクールでも受けて来いと、それに重点を置いて提案してくれた。しかし私は帰国中、まったくピアノを弾く気が起こらなかった。それよりも、東北の彼氏に会えない鬱憤を晴らすかのように、パアッと遊ぶこと、しかも男連中と遊ぶことに精を出していた。この夏ほど、オトコと遊んだ時期はなかったくらいに遊びまくった。そして女友達と会っては、恋の相談ばかりしていた。

 誠実な昔の恋人と会う時は、真面目な音楽の相談に乗ってもらったりしたが、新しい恋の芽が出そうな男友達とは、ちょっといい雰囲気に持ち込むなんて朝飯前であったので、彼女と別れたと聞いちゃあ、オー、それなら私が立候補しちゃおうかなァ、なんて、いけしゃあしゃあと言ったりしていた。デートは日替わりメニューで、し放題であった。いくら東北の彼氏と気マズイ雰囲気だったからと言って、ブリュッセルのよっちゃんだって居るのに、どうしようもない女である。最悪だ。そんな私はしばしば国際電話でユキに日本の様子を報告し、面白がった悪友、ユキは、それをネタにする。案の定、よっちゃんから、

「カオル大先生、日本でブイブイ言わせてるみたいですね?」

 なんて電話がかかってきちゃったりした。ユキのやつめ。

 でもそんな中、私の後輩である、ユリちゃんから一本の電話が入る。彼女はローマに留学中だったが、同じく日本に一時帰国していて、仙台に実家があった。私の様子を見かねて、一緒に仙台に遊びに来がてら、彼氏のところを訪ねたらどうかと提案してくれたのである。私は迷った。迷いに迷って、うん、行くよ。と返事をした。

 先輩のヨシミちゃんと一緒に、師匠のお墓まいりにも行った。ここに来ると心が落ち着いた。前にも書いた通り、私は先生のお墓の前に来ると、お話しができるような気がするからである。私は先生のことが大好きだった。いつでも私たち学生のことを、親身になって考えてくれた。私の今の苦しい気持ち、これからどうしたらよいのか、一切を打ち明けてきた。

 不思議とその帰り道に、「こうしていこう。」と考えが具体的に浮かんだ。アレ、先生のおかげかな?と思う。でも、やっぱり苦しい気持ちは残っている。くそ、東北のヤローめ。

 そして私は、相変わらず男友達とばかり遊んだ。連日違う男子たちと遊んで、さすがにこれだけガンガン遊んでいると、気はまぎれたが相当に疲れた。そして彼に連絡がとれない日々に慣れ、同時にふと、私は本当に彼のことが好きなんだ。とわかってくる。

 茨城にいる、おばあちゃんのところへも訪ねた。おばあちゃんは、私のことを覚えていてくれたみたいだった。嬉しかった。

 そして、八月下旬。私は仙台の、ユリの実家に泊まりに行く。いざ、東北の彼氏にも会いに。私たちは、決戦の時を迎えるのである。

« 六十七 二年目の夏 | トップページ | 六十九 彼との再会 »

ピアニストMama♪ 留学白書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/605244/65322925

この記事へのトラックバック一覧です: 六十八 苦しい気持ち:

« 六十七 二年目の夏 | トップページ | 六十九 彼との再会 »

フォト
無料ブログはココログ