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2017年5月 4日 (木)

二十八 両親がやって来た

 三月になって、突然父からファックスが入り、日本から家族が遊びに来ることになった。

 もうビックリである。母は身体が弱かったし、何しろ海外なんて、初めて。それに一体、どこに泊まるのか。こちらには布団の予備なんてない。それなのにうちに泊まると言う。もともと無鉄砲な父の性格であるし、どうするのかとハラハラしていたら、寝袋を担いで来るらしい。お母さん、そんなんじゃ疲れちゃうよ!と心配したが、どうせ言ってもきかないのはわかっていたから、もう放っておくことにした。

 それでも両親との再会は嬉しかった。今まで一人で頑張っていた心細さと、無事に到着した安堵感とで、空港での再会は思わず涙が出た。しかしその気持ちはそこまで。それから一週間くらいの滞在の間、私は異国の地で、どれだけ両親が年をとったのかを思い知らされるのである。

 留学生たちは皆、遊びに来た親への対応に同じような苦労話を聞かせてくれた。まず、若い我々と比べて、ある程度年を取るまで日本でしか暮らしたことのない人たちというのは、コテコテの日本人というのか、柔軟性に欠ける。郷に入っては郷に従え、ということが、できないのである。いや、しているつもりなんだろうけど、現地で暮らして半年くらい経った私から見ても、全然ダメだった。日本ではあんなに立派に見えた両親が、海外では子どものようになってしまう。立場がひっくり返る、という感覚が、信じられなかった。

 まず欧米人は、日本人のよくする「謙遜」という態度をほとんどとらない。

 父を私の先生に紹介した時、先生は私のことを褒め、「She is a good student.」と言った。父は素直にthank youと言っておけばいいのに、「No,no no no no…!」と否定しまくった。いやいやいや、そんなことないですよ!と言うつもりだったのだろう。先生は、ぽかーんとした顔で、何と続けたらよいやら、困り果てていらっしゃった。

 余談だけど、私が向こうで暮らしやすかったことの一つに、「断りたい時はハッキリNonと言えること」がある。「Non,merci.」いわゆる、「いいえ、結構です。でも、ありがとう。」という、便利でわかりやすい対応がサラッとできる。愛想笑いなども無用。むしろ、ハイなのかイイエなのか、わかりにくくなるからして、はっきりと顔を歪めてノーと言ってよろしい。これらは私の性格にマッチして、生き生きと生活することができた。これについては、また今度。

 両親の話に戻って、また、友人たちに両親を紹介する会でカフェに入った時。

 父はなかなか出てこない料理にイライラしはじめ、ついにはウエイターを怒鳴りつけてしまった。友人たち一同、必死になってとりなしたが、あとの祭り。まあウエイターはそんなこと気にしちゃいないんだが、ヨーロッパのいい加減さと待たされることに慣れっこになっていた私たちにとって、それは驚きであった。もっとも、両親も妹も、時差ボケで疲れていたし、次の日はイタリアに足を延ばすことになっていたから、母を少しでも早く休ませてあげたかったのだ。そんな時に、カフェなど来なければよかったと、つくづく後悔したのである。

 母は半地下の台所で、美味しい手料理をいろいろ作ってくれた。それでも日中、街中を走るトラムに一緒に乗っている最中、私に向かって

「カオルはこんな外人ばかりのところで、よく暮らせるわね。お母さん、怖いわ。」

 とつぶやいていた。内心、「お母さん、私たちがここでは外人だよ…」と言いたいところだったが、やめておいた。いや、言ったかもしれないが。

 とにかく、両親は慣れない海外で四苦八苦している様子であったが、八才離れた、当時高校生の妹だけは違っていた。初めての外国にアンテナを張りまくり、興味津々だったに違いない。以来、彼氏を連れて二人だけでもう一度ブリュッセルを訪れてくれて、それを皮切りに、彼らは世界各地を放浪するバックパッカーとなるのである。姉と違い、高校生の頃から一途に愛を貫き通した妹は、その彼氏と仲良く結婚しているが、毎度、旅は別々に一人旅し、別居婚を送る個性的な夫婦である。

 そんな家族の寝袋ブリュッセル生活も無事に終わり、夏の一時帰国までしばらくまた、静かな一人暮らしが続いた。一度親元を離れたらもう一緒に暮らすのは難しくなると聞いていたが、その時私はそれを痛感した。自立に向かっての一歩とはこういうことを言うのだろう。

 そして、一年間のはずだった留学生活を、もう一年延長したい。とぼんやり考えるようになったのも、この頃であった。

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