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2017年5月17日 (水)

四十九 ラストスパート

 彼がまた東北に帰った後、私は、試験まであと一ヶ月のラストスパートに入った。

 何しろ、今年こそはピアノのプリをとらねばならない。私たちは必死だった。三月のテクニック試験で、ある程度の得点を出しておかなければ、いくら六月の舞台で良い演奏をしたところで、プリは取れない。得点は、合算されるからである。

 他の学科も含めて全部合格しなければ、プルミエプリという卒業証書はもらえないのだが、ピアノのプリを先に取った者は、実技だけは上のディプロムスーペリウールへ進んでおくことができるシステムになっていた。

 トータルで、マックス四年以内にプリが取れなければ退学、というルールがあったが、優秀な留学生たちは、実技は一年で合格したりしていた。ところが、私とユキは落とされた。名誉挽回のためにも、二回目の不合格などできない。そして、送金してくれている両親のためにも。

 それでも、漠然と「三年目の延長」を考え始めていたのは何故だったか。それは和声学の方が、多分今年はまだプリは取れないであろう、という予測があったからだと思う。

 初級はいけるかもしれないが、中級からはグンと難しくなる。一年目は初級に落ち、二年目は初級合格を狙うが、ついでに中級も…なんて、ヨーロッパは甘い世界ではなかった。どれだけ自分が、日本の大学で、和声を勉強していなかったかが身にしみてわかった。もっとも、ベルギーで勉強させられた和声のノートを、今、音楽家の友人たちに見せても、「え、これって、もう作曲の域だよね…」と驚かれたくらいであるから、あちらの勉強はかなり高度なのかもしれないけれど。

 それでもとにかく、今年プルミエプリの証書は取れないかもしれないけれど、ピアノのプリだけは絶対に取る。そういう意気込みがあった。私はエチュードが苦手で(まあ、得意と言う人はあまりいないだろうけど)レッスンでもかなり厳しくたたき直された。毎日毎日、半地下でピアノに向かっているばかりだともう、気が滅入り、そんな日は友達に電話をしてお互い憂さ晴らしをしたり、国際電話で彼にぶちまけたりしていた。彼に、

「また、だらんこだらんこしてるんでしょ。ダメダメ、そういう日は外に出て、感性を磨かなきゃ。」
 なんて言われたり、試験直前には、
「試験前は、美味しいものをたくさん食べて、少しくらいお金使って、体調と精神を万全にするだけだよ。」
 とか、まるで先生のような助言をしてくれたものだが、当時の私には響いた。まさに、その通りだったからである。随分、心救われた気がする。

 でも、本番前というものは本当に、今こうして日記を読み返してみても、精神状態はナイーブでめちゃめちゃになっている。私は彼氏に当たり散らし、友人ユキに、

「そんなんでもう〜。私は、試験前だろうが、絶対的なものを誰かに押し付けることはしなくなったゾ。彼氏になんて、振り回されないしね。」
 と諭され、なのに直後に
「聞いてくれ〜!彼に電話したら、『何か用?』って言われた!キーッ!」
 と怒り心頭で電話がかかってきて、大笑いしたものである。

 そう、私たちは皆、試験前は特に、精神不安定状態になっていた。

 そんなドサクサにまぎれて、何だか私はまた、よっちゃんとも復縁したりしていた。何故だったかは、よく覚えていない。何となく、付かず離れずの友人関係だったのかもしれないし、彼が優しくしてくれたのかもしれない。

 だけど私の不安定な、山あり谷ありの留学生活を、そばで何かと支えてくれていたのは彼であった。音楽家ではないだけに、たまに的外れなことも、トンチンカンなことも言われて腹を立てたりしてはいたが、とにかく、東北の彼にも、よっちゃんにも、真逆な彼らに私は支えられ、そして毎回の辛い本番を乗り越えていたことは、確かである。

 そして三月に入り、私たちの、二年目のテクニック試験の日はやって来るのだ。

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