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2017年5月28日 (日)

六十七 二年目の夏

 七月二十七日。私は十六時四十五分発のエールフランスに乗った。成田到着予定は、日本時間の翌日、十四時二十五分。飛行機は珍しく定刻通り出発、パリのトランジットも、定刻通りであった。

 機内は相変わらず、超辛くて、隣はなんだか無口なカップルでつまんないし、足がむくんで眠れず、何度も発狂しそうになった。今度からは絶対に、前方座席のない席を選んでやる。そう決心しながら耐え、成田には予定よりも二十分早い到着となった。

 日本はいきなり蒸し暑い!忘れてた、この感覚。

 新宿経由で帰ったのだが、周りのみんなが平気な顔して歩いてるのが信じられないくらい、暑かった。ずっとヨーロッパに居た身としては、しんどいことこの上ない。暑い…。スーツケースをゴロゴロと押しながら、私は早々にへばった。それに、新宿からのロマンスカーの発券も、大変とまどった。わからないこと、新しいことが多すぎる。日本という国は、ちょっと離れていただけでも大きく変わる。帰って来るたびに私は、浦島太郎状態に陥った。その点、ヨーロッパなんて、いつ行ったって、服装の流行りも、街並みもほとんど変わらない。この差は何だろう。

 実家に着いたら早速、愛犬ビビが出迎えてくれた。最初はよくわからなかったみたいだが、そのうち、あっ!という顔になって、ワンワンとしっぽがちぎれるくらいに喜ぶ。彼女は私に似て、非常に勝手で自立心旺盛な性格だったので、歓迎してくれるのはその時のみ。犬なんだから、もう少し素直で忠誠心があってもよかろう、と思ったが、その気ままな性格は本当に可愛くて、特に妹ユリコが溺愛していた。

 日本では、これまた相変わらず時差ボケに苦しめられた。眠くて怠い身体に鞭打ちながら、それでも私は、出迎えてくれる多くの友人たちに会った。

 例の幼馴染みの友人、ミーちゃんの結婚式も迫っていたので、私はまず彼女たちと会った。フィレンツェの友人ヨシエも一時帰国しており、三人で、式の話などで盛り上がる。なのに当の本人は、自分の結婚を「失敗だった!」と言い、私たちは「せっかく帰ってきたのに!」と言って大笑いした。マリッジブルーというものは怖い。私たち三人組の結婚は、結果的に、フィレンツェの彼女が一番最後になっている。まあ、多かれ少なかれ、皆平和にやっている(と思う)から、いいとして。

 それからすぐに私は大学へ行った。お世話になっている師匠たちや、友人たちに会えるからだ。大学へ行くといつも、長居してしまう。皆に挨拶をして、帰宅。

 そしていよいよ、夜中になってから私は、東北にいる彼に電話をかけた。

「あ、居たっ。何で電話くれないのよ〜!」

 と言っても、昨日も今日も遅くて、今だもん。それにこれから飲みに行くんだ。と言う。

 なんだ、疲れ切ってるわりには、飲みに行くのか。わけわからん。散々、誰と行くのかと訊いて、電話を切った。私も誰かと無性に飲みたくなり、バイト先のショットバーに電話を入れる。仲間内の男連中は歓迎してくれて、今から飲みに来い!と誘われ、行ったら行ったで、また散々いじめられ、彼との仲をからかわれた。もう、悔しくなって、帰ってから彼氏の留守電に、
「やっぱり、そっち行くから!文句あったら電話して来い!」
 と言って切る。

 そういう時だけ早速電話がかかってきて、夜中の三時頃に、喧嘩勃発。

 でも、仲間にいじめられたと知ると、彼は笑って、
「ま、北京にいきなり来たっていう前例もあるしね。来てもらっても困るけど〜、来られちゃったらしょうがないよな。」
 などと吐く。

 私はもう、頭にきて、内心、絶対行ってやる。それで正体あばいてやるのだ。なんて、息巻いていた。ここでもしも行くことを思いとどまっていたのなら、私たちは別れなかったかもしれないのに。でも、そんなことは後の祭りである。それに、遅かれ早かれ、いつかは別れたのだろう。そういうことになっているのだ、運命とは。

 というわけで、情熱的なその夏は続く。

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