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2017年5月22日 (月)

五十六 大使館コンサート

 私とユキちゃんとは、良き友人であり、同志であり、またライバルであった。

 バカ話ばっかりではなく、一緒によくコンサートを開いたりした。それは五月十四日。試験のちょうど一ヶ月前ほどにあたる。そのくらいにやっておけば、いいリハーサルにもなるし、自分を思い知るのにちょうど都合がいいのだ。かと言って、お客様を呼ぶ以上、楽しんでいただかなければいけないし、恥をかくことはできない。確かこのコンサートは二度目で、一年目に開いた時の私の演奏は、史上かつてないほどの最悪な出来栄えであった。だから今回は、絶対に失敗したくない。いい演奏をしてみせる、と言う意気込みで、燃えていたと思う。

 それまでに何度か、私とユキは共にパリのアンリオ先生の弾き合いに参加し、まだまだ出来上がっていない自分たちの演奏に愕然としていた。まずい、全然間に合わない。帰りの列車の中では、お互いが、その時々の仕上がりに一喜一憂していた。アンリオ先生はレッスン中、どこかへ消えてはお酒を一口飲み、アルコールの匂いをプンプンさせて上機嫌で戻って来たりしていた。音楽家というのは、何事においても一般常識が当てはまらない。先生はいつでもお茶目で愉快で、時に辛辣な方であった。

 そんなわけで、コンサート当日。

 午前中に少しアシスタントのレッスンを受け、十八時には大使館へ向かった。

 会場は、満席だった。我が生徒たちや、大家さんの子どもたち、エヴァとセルジュが、最前列を陣取っていた。「カオル〜!」とニコニコ笑って、無邪気に手を振る。私は嬉しかったが、本番に限っては大変困った。気が散るのである。子どもというものは、じっと聴いているつもりが、実によく動く。弾いている方は、無心でやりたいところなのにそれが視界に入ってくると邪念が入り、暗譜が飛んでしまったりするのだ。最前列、子ども禁止。なんてフダがあればいいのに。音楽家が正直に告白すれば、だいたい、そう思う。特にシンプルなモーツァルトを弾いている時になんて、自分の精神力との闘いに、死ぬ思いだった。中には、それは演奏家の器不足だ、と言うヒトもいるかもしれないけれど、それならばぜひともご自分でやってみてから言っていただきたい。言うは易く行うは難し、なのである。

 コンサートは、まあ全体的にはうまくいった。しょっぱな、モーツァルトのソナタはもう少し立体的に弾きたかったけれど、その時の私の実力では、あれが限界。プーランクは、トッカータが非常に速く、走ってしまって、いい勉強になった。スクリャービンのポエムは、なんと弾き始めからいきなりラスト部分のフレーズに飛んでしまい、機転を効かせてフェイドアウトし、何となくごまかしてから、もう一度スタートラインに戻れた。これも、いい勉強。ピアノをやってる皆さんならわかると思うけど、同じような旋律がたくさん出てくると、緊張している場合、違うところを弾いてしまうことがある。こんな大っきいミスをやらかした後は、もう二度とやらなくなるもんである。試験前で良かった。コンサートでは、あったけど。(まあ、誰も気付かなかったと思う。)

 相方のユキも彼女自身、納得のいく演奏を終え、私たちのコンサートは無事に終了した。レセプション(演奏後、みんなで軽く飲んだりしながらお客さんたちと語らうこと。)を終え、私たちはさらに打ち上げへ、日本食レストランへと向かう。

 そして終わった喜びも束の間、たたみかけるようにして、四日後に和声の試験がやってくるのであった。今考えれば、本当にハードなスケジュールである。

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