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2017年5月31日 (水)

七十一 さよなら

 私にはゲイの友人がたくさんいる。和声のメルクス先生だってそうだったし、だいたいにおいて、音楽家に同性愛者はとても多いので、慣れている。今でこそ、性同一障害に苦しむ人たちのことが問題になっていたり、トランスジェンダーの人々がいるという認識が高まりつつあるが、私たちにとっては今に始まったことではなかった。彼らはとても気のいい連中である。音楽的に優れている人が多いし、私たちには出せないような繊細な音色を作り上げることができる。オーラが違うと言うのか。それに個性的で面白い人が多い。だから私には、偏見など皆無である。何故偏見があるのかさえ、理解に苦しむ。まあ、さすがにヨーロッパで、女性同士の別れの熱烈なキスを目の前で見た時は、びっくりしたけど。

 だからこの時、彼がカミングアウトしたと思われるセリフを言った時、その衝撃は、別の意味であった。別に彼がゲイであっても、嫌いになることなどはないが、えっ何、じゃあ私は男性の恋人に負けたのか?その恋人は、今近くにいるのか?だとしたら、私は潔く身を引くしかない。自分は、異性にはなれない。それだけの理由である。

 私はもう、彼にぐちぐちと文句を言うのをきっぱりやめた。今思えば、ホモだと言ったら一発退散だろうと思った彼のちょっとした悪ふざけは、ビンゴであった。その甲斐あって、私は綺麗さっぱり意を決して帰ろうとしたので、次の日彼と私は仲直りをし、せっかくだから温泉でも行こうと混浴へ入ったりした。(東北の彼の気に入っていた温泉は、ほとんどが秘境の混浴風呂であった。)これは全く記憶にない。たぶん彼の方も、忘れ去られた記憶だと思う。ただ、私は彼と湯めぐりしている間にも、これからの自分について、前向きに考え始めていた。

 新幹線の切符を買ってもらい、握手をして別れたのは、はっきり覚えている。別れる時に握手なんてするのは、後にも先にも初めてだった。言葉にはしなかったが、これからも頑張れよ、と言う意味合いだったと思う。帰り道、私は涙ひとつ出なかった。ものすごく清々しく、前向きな気持ちだった。そしていろいろ考えた。これから先の留学生活のことを。

 東京に着くとすぐに、私は仙台の元カレと会い、食事をしながら、ご実家の土産話をする。そして幼馴染みの二人が駅まで迎えに来てくれた。嬉しかった。早速、東北の彼、ホモ説を告げると、そりゃあ有力だっ!と非常に盛り上がる。

 私は、彼のことを嫌いになったわけではなかったので、その後、たびたび思い出しては声が聞きたくなったりもするのだが、このホモ事件は絶大で、私の友人及び妹たちの間をトップニュースとして駆け巡った。

 後々、それこそお互いに幸せな結婚をしてから再会した時に、それは真っ赤な嘘と判明して大笑いするのだが、(しかも彼は、そんなことを言ったのかすら、覚えていなかった。きっと本当に、酔っ払っていたんだと思う。私の悪さに気付いていて、こらしめたかったのかもしれない。そして、何故オレたちは別れちゃったんだっけ?とか、すっとぼけたことを言っていた。そこんとこの記憶は、すっかり抜け落ちてしまっているらしい。)

 彼の名誉のために言っておくが、いたってノーマルらしいです。(本人説)だけど今までず〜っと、その疑惑は何十年も続くのである。いや、未だに私の友人たちは、そうと信じて疑わないかもしれないが。

 教訓。かなり身体を張ることにはなるが、別れたい恋人がいる時に、このテの理由で逃げると効果は絶大です。

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