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2017年5月26日 (金)

六十三 悩む私

 厳しい二年目の試験が終わり、晴れて自由の身となった私は、友人たちやよっちゃんとテニスをしたり、美味しいものをたらふく食べたりして、解放感を満喫していた。

 それなのに、心には何故か、ぽっかりと穴が開いたようであった。

 どうしてだろう。日本に帰りたいから?将来に不安があるから?よくわからない。日本に帰れば、幸せになれるのだろうか。でも、ヨーロッパの生活だってそれなりに楽しんでいる。そんな不安定な気持ちを紛らわすかのように、私は毎日飛び回っていた。

 微熱も出たりした。疲れがドッと出たのである。怠くてフラフラしたが、生徒に教えに行かなければならなかった。迷っていたら、日頃元気なよっちゃんが、
「疲れだからヘーキだヨ!ダメなら明日、倒れると思って頑張れば。」
 と言ってくれたりして、ちょっと安心しながら、出張レッスンに出かけた。

 落ち込んでいたユキは早々に復活し、元気にピアノを弾き始めていた。さすが、そうでなくっちゃ、ピアニストはやっていられない。彼女はまだまだ、ブリュッセルでの生活を引き上げる気はなかったが、私は悩み、よくいろいろな人に相談していた。大使館の仲良しだったマツザキさんは、私に向かって、東北の彼のところへ行きなさい。と言ってくれたりした。ここを引き上げて、彼のもとへ行けと言うのだ。私はビックリして、そうすべきなのかなァ、でも彼はイエスとは言わないだろうなァ、などと考えていた。

 急に思い立って、東北の彼に電話をかけた。アドレスは捨てたはずだったが、しっかり記憶にあったのだと思う。私だとわかると、オオっ、という感じだったので、少しは心配していたのかもしれない。ピアノ、合格して本当に良かったね、おめでとう。と言ってくれた。この日は仕事が休みで、とても優しかった。

「モーツァルトがね、当たったんだ。あんまり得意じゃなかったのに、八十七、五点もとれたんだよ。」
「ほんとに?」
 と、声をひそめる彼。
 今後のこと、悩んでるんだ。と相談すると、彼曰く、

「しばらくピアノを忘れて、何か別のことに打ちこんだり、友達と気晴らししたり、旅行に行くなりしているうちに、パッと心に浮かぶから大丈夫。何かまた目標を見つけなきゃね。」

 と言われる。

 あなたはどう?と私が尋ねると、
「いたって普通の毎日だヨ。こう言っちゃ、失礼かもしれないけど…カオルは、女性なんだし、俺みたいに仕事、って言うより、夢に向かって突き進んでいいと思うよ。」

 と、彼はポツリ言った。

 今思えば、この人は本当に同志だったんだなぁ、と思う。

 その時、私が欲しかった答えは違ったのかもしれないけれど、でも確かに、ピアノという勉強を続けていきたいと思っていた私には、響いた。でもプライベートの私はと言うと、彼に本当は、帰って来いよ、俺のところに来い。と言って欲しかったのかもしれない。(絶対言わないけど。)でも果たしてそう言われたらどうしたんだろう。もしかしたら、やっぱり私はまだ留学生活を諦めきれなくて、続けていったのかもしれない。どっちみち、同じだったハズである。私はギリギリの選択に迫られたところで、たぶん、男を選ぶようなことはしなかった。辛かったかもしれないけれど。

 やり残していることが、もう一年、あるような気がする。ディプロムに進んだら課題となるであろう、コンチェルトもやってみたい。でも本当は、帰りたい。帰ったらストレスはないだろうな。帰れたら幸せだろうな。あ〜〜、帰りたいよ〜!と、当時の日記には記されてある。そしてそこへ、父からの血迷った、「ねえ、やっぱり来年残るとしたら、六月だけ試験を受けに、日本からそっちに行かれないの?」なんて電話がかかってきたりする。そりゃムリだ。仮に出来たとしても、落第するに決まっている。私は、両親の、「卒業証書にこだわる」気持ちを理解できたと同時に、勉強って、そういうことじゃぁないよ。と思っていた。そして、やっぱり送金は厳しいんだろうな、悪いなぁ。と、考えていた。

 そう、悶々と考えていた中、グッドタイミングで、私の幼馴染みたちが遊びにやって来るのである。気晴らしにはもってこい、いや、それ以上のパワーを手土産に。

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