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2017年5月 3日 (水)

二十三 秋から冬における事件

 短い秋が過ぎ、冬がやって来ると、ブリュッセルの街は火が消えたように寂しくなる。

 ベルギーの冬は長かった。年中ほとんどがどんよりと寒いと言ってもいいし、それでいて、雪は降らない。短い夏の間は、夜十時頃まで明るく、皆浮かれ狂ったように夜更かしを楽しむが、冬は夕方四時には真っ暗になり、朝は九時を過ぎてもまだ薄暗い。ドイツ歌曲なんかに春の待ち遠しさと春の喜びの歌詞があったりするが、私はこの時初めて、心からそれを理解した。日本は四季がはっきりしていて素晴らしい国である。こんなに季節の移り変わりの美しい国はない。その代わり、地震大国ではあるが、四季もその活発な大地の恩恵だと言うことである。

 学校生活を必死でこなし、少しずつ慣れて行ったはじめの年の秋から冬にかけて、いくつかの事件も起きた。

 まず、生卵ぶつけられたよ事件。友達の家からの帰り道、バス停でバスを待っていたら、不意に若いベルギー人の男連中どもが、車の中から私めがけて生卵をぶつけてきたのである。それは見事、ど真ん中に命中した。私の着ていた、日本で買ったお気に入りのシルクのコートが台無しになってしまった。

 惨めで、悲しくて、帰ってきてからしょんぼりとベッドに突っ伏し、「日本に帰りたい」と口に出して言ってみたら本当に泣けてきた。後で聞いた話によると、十月の後半は、街の学生たちが悪ふざけをする時期のようである。ホームシックも出てきた頃だったので、この一部始終を手紙に書いて師匠に送ったら、「留学中はそんなこともある。些細なことで、日本にいる時よりも落ち込むことがある。気持ちはよくわかるぞ」と返事が来て、あの普段クールなMr.カワソメが!と、感激したのを覚えている。

 それからスリに遭った。その日のメトロ(地下鉄)は少し混んでいたのだが、そんなに押さなくても…と思ったら後ろからカバンに手を突っ込まれ、あっという間に財布だけ取られて終わり。犯人はアラブ人で、一瞬の隙にメトロから降りてドアは閉まった。すごい手口である。現金はたいしたことなかったが、クレジットカードも入っていたし、すぐに警察へ行ったけど何の役にも立たず。

 さてその財布は日本を発つ時に餞別で奈良先生からもらったものであり、その時に、

「僕ね、これと同じものを妻にも贈ったんだけど、その財布はパリのメトロで、スリに遭ってなくなってしまったんですよ。貴女にあげる財布はどうなるかなぁ。あっはっは。」

 なんて縁起でもないことを言われていたのだ。

 もう、早速先生に国際電話。すると愉快そうに、

「あ〜、やっぱりスラれちゃったの?不思議ですねぇ。」

 なんて笑っておられた。笑い事じゃないよ全く、人の悪い。というのは、未だに奈良伝説として残っているエピソードである。

 環境が激変した中で、生理痛も悪化して病院へ行ったはいいが、ピルを処方されて余計に悪化しちゃったり、何かと精神的にも苦しい時期であった。

 そんな訳で、一年帰らぬつもりが年末年始、ちょっと日本へ帰りたくなって、試しに父にファックスを入れてみたが、返事は「帰国はダメです。」と来たもんだ。

 こういうところが私の父の良いところ。しかし当時は「やっぱりな」と思いつつ、まあ少しは落ち込んだ。ま、帰るにはお金が必要だったし、航空券は高いので、仕方ないかと諦めたけど。

 そしてその代わりに、一人寂しく過ごすよりは気晴らしにと、安いチケットで同級生たちから誘いを受けた、スペインマヨルカ島での年越しを決めたのであった。

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