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2017年5月 7日 (日)

三十二 決死の本番

 六月二十日。数日前にリハーサルを終え、いざ、決戦の時。実技本番である。これで、テクニック試験の点数合わせて、今年度の合否が決まる。

 午前九時半から開始で三番目のはずが、随分押して始まった。各自、ステージに上がる前に、隣のピアノの部屋で手慣らしができる。なんて親切。その直前に、その日弾く曲を知らされるのだ。いくつか用意してきた曲の中から、ジュリー(試験官)たちがピックアップするというワケ。

 私が用意した曲は、ハイドンのソナタ、ショパンの幻想ポロネーズ、ラヴェルの道化師の朝の歌、バーバーのソナタから終楽章の「フーガ」、それから必須課題(アンポゼ)であるベルギー人の曲である。日本の音大の試験ではたいていの場合、十分未満の曲を一曲しか用意しないから、コンセルヴァトワールの学生の大変さと、これらを何日間かに分けて朝から晩まで聴かされる試験官の労力も理解してもらえると思う。

 そのうち私は、バーバーのフーガをショワ(自分で選択する曲)にした。この曲はめちゃめちゃ難しいのであるが、日本の大学時代、先輩のヨシミちゃんが弾いていた憧れの曲であったし、アンリオ先生にも、まわりの皆にもそうした方がいいと言われていたからである。

 当時私は現代曲が得意で、アンポゼなんかも学生の中で一番早く仕上げて驚かれていたし、本番も完璧に弾くことができた。音なんかも、当時は今よりも十キロ以上痩せていた私はなかなか重厚な音が出せなかったが、現代曲だけは打鍵の仕方が違うのか、ロマン派の幻想ポロネーズなんかよりもずっと迫力ある音を出すことが出来ていた。そういう意味じゃあ、今は太って良かったな。子どもは産んでみるもんである。

 話がそれたけど、とにかく、当日は自分のショワであるバーバーと、課題曲アンポゼ以外、残り三曲のうちから当たったのは、もれなくラヴェルの道化師であった。なぜなら一番の難曲だからである。そりゃあ、幻ポロだって長くて難しいし、ハイドンだってソナタをかっちりと聞かせるのは易しいことではないが、私がジュリーでもラヴェルを当てるだろう。練習室でそれを知らされた時は、ある程度予測していたため、「きたか」と思った。

 本番はどっこい、かなりうまくいった。変な意味での緊張もしなかったし、集中力も切れず、初めに完璧なアンポゼを弾いて、道化師、バーバーの順で落ち着いて弾き続けた。

 道化師は連打が多少まごついたが、(この曲は、異常に多い連打音と、三度のグリッサンドが難しい。)バーバー終楽章は、テクニック試験の恨みとばかりに気合を入れてラストの盛り上がりまで突き進み、ダダーンと「弾いてやったり!」と言わんばかりで弾ききった。

 聴いてくれていたアキカさんには、
「カオルちゃん、ノリノリだったネ。すごい気合入ってたよ、良かったよ。プルミエプリ、取れればいいのにね…。」
 と言ってもらい、ご機嫌のアンシュッツ先生は何と学食をおごってくれた。(その日の学食はバーベキューであった。)

 同期のユキちゃんは、リストのバラードをショワにして、ベートーヴェンのソナタop.31、ショパンのスケルツォ二番、シャブリエの二つの小品を選んでいたが、特にリストは大変よく弾けていたのを覚えている。「いいな、ユキちゃん、本番に強いんだな、さよなら、カオルは後から行くよ…」と、アキカさんに言ったら笑われたものである。

 音楽家ならよくわかるであろう、この本番が終わった高揚感と安堵感を胸に、その日はお祭り騒ぎ。そして早々に次の日、結果は発表された。

 私の得点は、なんと三月を合わせて七十五点の、ドゥージエムプリ。八十点以上が合格のプルミエプリ取得となるのでそれには至らなかったが、あの悲惨な結果からよく平均まで這い上がったものだった。我が本番に、悔いなし。嬉しかった。一方、友人ユキは、合格点にわずか一点足らず、二人そろって落第となった。彼女は悔しさのあまりに泣いていたが、素晴らしい演奏であったし、二人してそのうち、しっかり立ち直った。

 私が嬉しかったのは、他の学生たちの演奏を聴講していて、私が「あの子、いいな」と思ったラストのベルギー人の女の子が、最高得点の九十六点をとったことである。

(コンセルヴァトワールでは、廊下にデカデカと全員の得点が貼り出される。だから、誰が何点で合格、落第、と言うのが全てわかってしまう。)

 彼女はドビュッシーのイマージュ(映像)と、ショパンのバラード一番を弾いていたが、音楽を重視した、音楽を表現するためのテクニックを持ち、それは過剰ではなくとてもナチュラルで音楽的な、素晴らしく好感の持てる演奏だった。そんな彼女が一等賞をとったことが嬉しくて、ヨーロッパを少し理解した気がした。

 一年目というのは、その生活や外国語に慣れるのに精一杯で、試験に振り回されるだけで終わってしまう。今振り返っても、腰を据えて取り組めて行くのは、二年目以降である。今、もしもあの時代の私に会えるのならば、「まだがんばれ、今は辛抱の時だ、未来は明るいぞカオル。」と言ってあげたい。

 そして私は、落第はしたが実に清々しい気持ちで一年目の勉強を終えた。少しの間、夏のヨーロッパを楽しんでから帰国しようと思っていたのだが、おばあちゃんの骨折の知らせにより、急遽、慌てて成田行きのチケットを取ることになる。

 それから九月頭にまたベルギーに戻るまで、楽しい楽しい夏休みの恋を日本の故郷で大満喫するのである。

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