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2017年5月21日 (日)

五十四 その春の出来事

 その春は、いろいろなことがあった。

 まず、私の母が手術をした。長年の脊椎分離症を治療するため、信頼のおける主治医を見つけたことで、思い切ることにしたのである。このオペは脊椎だけに、医師の腕にかかってくる責任は大きい。私は遠くから応援していたが、母は不思議と不安はなかったと言う。それだけ、医師に信頼をおいていたのであろう。めでたく、母の手術は成功し、父から喜びのファックスが送られてきて、一安心した。

 そして、私の好きな大先輩のアキカさんが日本に帰国した。しょっちゅう遊びに行ってはピアノを聴いてもらったり、恋の相談に乗ってもらったり、ご飯をご馳走になったりしていたので、残された私たちはポカンと穴が開いたようで寂しかった。ブリュッセルは暗い街だったが、勉強するにはいいところで住みやすく、学生たちのほとんどが滞在が長くなり、住み着いていったので、彼女の留学生活もまた、長かった。大使館の方々はじめ、皆で送別会を開き、彼女の門出を祝った。

 大使館では六月の試験前に、ユキちゃんと二人でジョイントコンサートを開く計画も立てていたので、この時期もその準備やら打ち合わせやらで大変お世話になっている。

 それから私の留学生活も軌道に乗ってくると、日本からたくさんの友人たちが遊びに来始め、ヨーロッパ旅行ついでにフラッと寄ってくれる子、ガッツリ滞在する子、さまざまな友人たちと、語り合った。

 四月は高校時代の友人が一人旅で訪れてくれて、センスのいい彼女はベルギーのお花屋さんで仕入れた花でブーケを作り、プレゼントしてくれた。フラワーアレンジメントを勉強している、と言っていたが、一級クラスのセンスの良さに感動したものである。私の高校の仲間たちは皆、個性的で、特に芸術系に優れた子たちが多かった。私は当時美術専攻クラスだったが(なぜか音楽専攻ではなかった。私は美大にも行ってみたかったので、美術を選択したのである。)上にはまだまだ上がいる、と思うようになったのもこの頃からかもしれない。

 小学校時代の幼馴染みで、親友の一人ヨシエはその時、フィレンツェに美術留学を始めていた。もう一人の親友、ミーちゃんは、すでに社会人で、彼女は小学生の時からの夢だった介護の仕事を実現し、堅実に働き、結婚においても着々と自分の理想に向かって計画を進めていた。

 この三人でいるともう、気心知れまくっているので、めいめい好き勝手なことを言いたい放題である。私の六月の試験が終わったら、ベルギーで集結しようという話になってはいたが、ミーちゃんは、英語なんて喋れないから直行便を予約しろとか(自分でやれ)、彼女の結婚式の日取り決定が迫っていたため、私たちは夏休みでないと帰れないから八月にしろと言うと、夏なんて暑くて嫌だから私たちに試験を受けないで帰って来いと言う。言ってることがめちゃくちゃで、話がまとまらず、私たちはそのたびに大笑いをしていた。

 五月に入ると、ローマやパリに私の後輩たちが留学をしてきて、彼女たちは寒いブリュッセルまでよく遊びに来てくれた。私の方がお金がないから、圧倒的にみんなの方がやって来てくれた。ただ、パリの後輩、エミコのところへは、レッスン帰りに泊まったりすることが多く、今でも彼女とは家族ぐるみの付き合いが続いている仲である。

 そんな日常の一部始終を、私はたびたび東北の彼に電話を入れては報告をしていたのだが、この春くらいからは本当にその回数が減ってきていた。

 だいたいが口ベタで、電話するくらいなら会ってしまおうという彼であったが、遠距離なんだから仕方ない。彼が社会人になってからは、悠長に手紙など書いている暇はなくなるし、メールもなく、通信手段は電話のみの時代。別に毎日かけていたわけではないが、今日はいるかなと思ってかけてみても、忙しい彼はいっこうに繋がらない。

 普通はここで、悶々と「仕事が忙しいのだろうか、それとも彼女ができてしまったのだろうか。」と考えるところだとは思うが、私の場合、後者の考えはほとんど頭に浮かばず、(ここが私の太々しいところ。たとえ彼女ができたとしても、自分の方が上だと思ってしまう。何て都合のいい考え方なんだ。要するに、自信過剰なのである。だから嫉妬という感情とも、あまり縁がない。)少しはそっちからもかけてこいよ、コノヤロー。くらいに腹を立てていた。

 そしてある日ようやく、仕事の合間の彼を捕まえることができるのだ。

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