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2017年5月 8日 (月)

三十六 帰国した彼

 私の恋愛は、空港での想い出が圧倒的に多い。

 今書いている恋が、めぐりめぐって今の夫に辿り着くワケなんだけど、札幌出身の夫とも、まだビミョーな関係の中、羽田空港でのお出迎えやお見送りシチュエーションはあったっけ。あの時もドキドキしてたな。まあいいとして。

 私は彼の到着を、ドキドキで待った。思えば何度も空港での感動の再会、涙のお別れがあった。くっついたり別れたり、中国にまで乗り込んで復縁しに行ったりと、当時はフツーにやってのけてたが、今思えばいかにパワフルで、ドラマチックな関係だったことか。それはそれで大変だったが、面白かった。

 彼は二年間の北京大学での留学生活を終え、日本に帰国した。秋からの中途採用に向けて、就職活動するための夏休みである。だからあんまり会えないし、かまってやれないよ、と言われていた。私は私で、会えるだけで嬉しかったし、それに他にもたくさんの女友達や男友達、先生方とのランデブーがあったから、暇ではない。そんなことは承知の上であった。

 一年ぶりに会う彼との再会は、緊張して顔がまともに見られなかった。何を話したかも覚えていない。まあこんなに年月が経っちゃ、もともと覚えてないんだけど。でも嵐の中を運転して帰り、ブレーキの踏み方が危ないよ、と注意されたのは覚えている。その日はそのまま、彼の家に泊まった。彼の部屋は実家の離れで、キッチン付きのちょっとしたコテージのような素敵なところであった。

 彼とはショットバーのバイト仲間だったので、帰国するとまず、仲間のいるその店によく遊びに行った。考えてみたら、今の夫も当時は珈琲屋で働いていて、私はしょっちゅう入り浸っていたから、状況は似ていたかもしれない。とにかく、仲間っていうのはいいものである。まわりも応援してくれるし、彼に会いたいな、と思ったらとりあえず店に行ってみると居たりする。今みたいに携帯がなかったから、(あったけど、すっごくデッカくて重たいトランシーバーみたいなやつで、その次は電波の悪いPHSが普及した)家電話にかけるのも億劫だったし、とりあえず行っちゃえ、みたいなノリがあったのである。

 その店の仲間たちは本当に楽しかった。そして、就活で忙しいと言ってたわりには、私たちは頻繁に会っていた。ここを逃したらあと一年先まで会えないかもしれないからである。私たちは価値観も似ているところがあったので、お互い、気ままに異性とも遊び、嫉妬もしつつ、なんだかんだと仲良くやっていた。そしてうちの両親も、てっきり結婚するもんだと思っていたらしい。人生とは、わからないものである。

 私は全身全霊をかけて彼のことが好きだったが、お互いに発展途上で、これから先、やるべきことが山ほどあり、進むべき道がどこへ向かっているのか、誰にもわからなかった。彼のセリフは決まって「頑張っていれば、必ずうまくいく」であったし、具体的な私たちの共通の未来の話は全く出てこなかった。それが不安で、一体いつになったら一緒になることができるのか、私は怖くて考えたくなかった。そんな話になればなるほど、喧嘩になる。それよりは今、お互いの気持ちが続いているのなら、この瞬間を楽しむしかない。そうお互いに思っていたと思う。

 日本での楽しい夏休みの時間は、あっという間に過ぎた。楽しい時は早いものである。そして私は毎日、たくさんの女友達たちと会い、そしてまた無意識にたくさんの男友達に恋の種を蒔いては、人生の夏を謳歌していた。

 竜宮パラダイスな夏休みは続く。

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