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2017年5月24日 (水)

六十 実技試験日を迎えるまで

 私は、毎日毎日、彼の夢ばかり見ていた。

 試験前になると圧倒的にそうなる。苦しくて、無意識に逃げ出したい自分がいるのだろう。そしてそういう時に限って、電話をかけると彼の方も疲れていて、険悪なムードになった。この六月の時期は、今までにないくらいの勢いで、二人の間には沈黙しか流れなかった。こんな雰囲気ではとても和声の相談どころではなかった。こちらはプルミエプリが取れないことが決定していて暗いし、彼は仕事で毎晩遅くなり、本当に疲れきっていた。加えて、私たちの、本当に長くなった遠距離恋愛の倦怠期も訪れていて、まさに最悪な状況であった。

 ああ、忘れられたらどんなに楽だろう。そう思って、彼のアドレスを全部、ゴミに出してしまった。そうだ、練習に戻ろう。気を取り直したところへ、父から電話がかかってきた。

「あのね、お母さんと話し合ったんだけどね。カオルの悔いの残らないように、あと一年残ってプルミエプリを取るかどうか考えて、好きにやりなさい。彼のこともあるんだろうし。彼はどう言っている?」

 私は感動した。あんなに最初は留学反対だった父が、ここまで延長の話を考えてくれているのだ。私としては、卒業証書などこだわってはいなかったが、やっぱりどうせ頑張るならば、形として残るものを得たいとは思った。

「今、彼とは喧嘩してそれどころじゃないんだよ。」

 と言うと、まあ、長いこと離れているからな。そういうこともよく考えて決めたら。と言われて、電話を切った。

 辛い。そのうち、いいこともあるだろうか。そうぼんやり思いながら、練習に戻った。

 話を聞いてくれる友人たちや、大使館の人たち、それに、こういう時には決まってトンチンカンな話をしてくる、ご気楽なよっちゃんがそばにいてくれるだけが、救いだった。妹ユリコは電話で励ましてくれた。そして、同じく辛いであろう、試験前のユキちゃんと一緒に気晴らしにカレーを作ったり、パアッと呑んだくれたりしているうちに、少しずつ気が晴れていった。

 そしてそうこう、もがいているうちに、実技の試験本番はやって来るのである。

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