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2017年5月 5日 (金)

二十九 初めての実技試験

 今考えれば信じられないが、家族が日本に戻り、しばらくしてすぐに、ピアノの実技試験はやって来た。練習時間をどうしていたのであろうか。ハードなスケジュールである。

 そして一ヶ月後に学科試験も行われた。四年猶予のはずが、二年以内に全学科をパスしなければ退学、という新しいシステムも加わるかもしれないと聞いて、私たちは恐れおののいた。全く、コンセルヴァトワールというところは、すぐにコロコロとそのシステムを変えるのである。入ってきた年によって、免除の科目も違い、年々厳しくなっていた。私の卒業後は、ついにはコンセルヴァトワールは外国人排除のためか、法学などの科目も加わり、すっかり一般大学のようなカリキュラムに変化してしまったという噂である。今ではどうなっているのか、全くわからない。

 初めての実技試験は、まずは三月末から四月始めにかけてのテクニック試験から始まる。

 この時私は、バッハ平均律の三曲中から一曲を指定され、その他にショパンエチュードから黒鍵、シマノフスキーのエチュード、スカルラッティのソナタを弾かされた。

 プティ・サルと呼ばれる小さなサロン室は、絨毯敷きの部屋で響きがあまり良くないので、ごまかしがきかないが、まあなんとか自分としては満足する結果が出せた、と思った。しかし、二日後に出た点数は、四十点中、二十六、五点という衝撃の結果であった。同級生のユキちゃんは、二十九、五点。どちらにせよ、二人ともかなり厳しい得点である。六月の自由曲で相当の点数を取らなければ、落第は免れない。私たちは呆然としてしまった。

 頭の中をぐるぐると、色々なことがかけめぐり、どう解決していいのかわからない。

 自分でも、納得がいかなかった。私って、まだまだなんだな…と思う反面、どうしてだろう?と思ったり。レッスン状況が悪かった一年目、この先本当に上達していくことができるのだろうか、ここに居ても無意味なのではないだろうか、と思いはめぐった。

 が、寝起きは悪かったものの、次の日には立ち直る。こういう三日以内に即立ち直れるところが、ピアノを続けて行かれる人の特徴である。図太いのだ。

 アシスタントの先生が、「アンシュッツ先生(我々の師匠)が、貴女たちの点数はおかしいと怒っていたわ。」と、わざわざなぐさめるために伝えてくれた。今から思えば、一年目の学生たちには低い点数を与えるという風潮があったのだろうけれど、当時の私にはそんなこと考える余裕などない。

 もう、六月の試験にかけるしかない。

 そう前向きに捉えて、私は次の課題曲に向けて練習再開を決めたのであった。

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