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2017年6月25日 (日)

百四 私がハマっていたこと

 私が留学生活最後となったこの年は、いわゆる世紀末で、二十世紀がまさに終わろうとしていたところであった。

 世紀末というのは、必ずやくだらない噂が流れる。ノストラダムスの大予言もそうだった。私は小さい頃に読んだ本の衝撃が残っていて、本気でこの世紀末をどこで過ごそうか考えていた。もしも世界が終わるなら、最期をヨーロッパで迎えるか、日本で迎えるか、どっちにするかな〜なんて思っていた。

 そして、暇つぶしにタロットカードと、ホロスコープの本などを買った。このホロスコープの本っていうのがかなり本格的な分厚いやつで、真面目に勉強すれば占い師になれるんじゃないか、というくらいだった。そして私はもれなく、真面目に勉強してみた。私はいつも、何かにハマる癖があるので、今でも副業にできるんじゃないかというものが、いくつかあったりする。ヒマなブリュッセルでは占いはもってこいで、友人たちはキャーキャー言いながら、私の占いを順番待ちしていた。

 四年目の生活が始まってから半年くらいの間は、私は本当に落ち着いた生活を送っていた。浮ついた気持ちもなく、すこぶるよっちゃんとも好調で、二人してキンダーサプライズのおもちゃ集めに燃えたりしていた。これには意外とハマっている人がいたりして、友人しづちゃんなんかも、ピアノの上にビッシリ、小さなマスコットを飾って、お互いにダブったものを交換したりしていた。

 これは、玉子型のチョコか何かのお菓子の中から出てくるオマケなんだけど、今でも日本で手に入ると聞いた。当時、二百個は集めたと思うけど、帰国する時にいくつか残して捨ててきてしまった。言っておくけど、日本人の感覚だと、あまり可愛いマスコットではない。一度、幼馴染みのミーちゃんに送ったことがあったが、「可愛くないっ!」と返事に書いてあったので、そうなんだと思う。

 ヨーロッパに長いこと住んでいると、ファッションセンスも何もかも、あっち仕様となっていくので、この冬、先に帰国したしづちゃんは、「あのね、日本に帰ってから、届いた荷物の箱を開けるとね、ほとんどが、着られない服ばかりよ…」と教えてくれたが、その通りである。私は一時帰国のたびに、solde(セール)で買った服を母に自慢して、優しい母は「ヨーロピアンみたい」と褒めてくれたが、妹ユリコは白い目で見ていたのを知っている。ミーちゃんとヨシエにも、ゲラゲラ笑われたので、きっと変だったに違いないが、まあいい。

 世紀末のことも手伝って、私はおばあちゃんの影響もあり、フランス語のバージバン先生に頼んで、カトリックの勉強をしたりしていた。敬虔な信者の先生は喜んで色んなことを教えて下さり、洗礼を受けるには一年間は勉強しなくてはいけないのよカオル、と言って、クリスマスプレゼントに聖書を贈ってくれたりした。結局、洗礼は受けて帰って来なかったんだけど、おかげでフランス語の勉強にはなった。クリスマスにはミサに出たりして、かなり楽しんでいたような気がする。

 そんなこんなで、私はピアノの練習時間以外は、そのようなことに没頭しながら過ごしていた。学校へ行くか、練習をするか、友達と長話をするか、ご飯を作るか。生徒たちを教えてはいたものの、相変わらず、だいたいがそれくらいしかやることがない日々だったし、静かなブリュッセルはゆっくり勉強をするには本当によいところであった。

 それに今年は、超お金持ちの可愛い後輩が近所にやって来た。

 私は彼女を可愛がり、同時に、私とは比べものにならないくらいの金持ちっぷりに仰天するのである。
 

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