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2017年6月 7日 (水)

八十四 アットホームな発表会

 三月に、私は初めて自分だけの主催で、門下生たちのミニ発表会を行った。生徒さんの御宅(豪邸)をお借りして、アットホームなパーティーを開いたのである。

 夕方四時からスタート。ちょっとした思いつきで、私はゲームもやることにする。近くのお店でケーキを調達してから出かけた。

 人数が少ないので、ソロと連弾を両方。みんなおめかしをして、よく頑張って弾いていて嬉しかった。最後に私からの、サプライズゲーム。

 内容はこうだ。生徒たちと親御さんが組になり、私が、有名どころの曲をメドレーで弾く。その曲が何回入れ替わったか、そしてそれは何の曲だったか、作曲家は誰かを当てるゲーム。これは盛り上がった。子どもたちは、知っている曲かどうか、だけでオッケー。 全て、得点はお母さんたちにかかっております!と言うと、え〜っ、そんなの聞いてないよぉ〜!と、はじめは皆、焦っていたが、いざ、始まってみるとあちこちで「あ、切り替わった!」「ベートーヴェン!」とか、子どもたちもひそひそとやっている。まずはショパンの幻想即興曲から、ジャーン!と弾き始めたが、みんなの回答の面白かったこと。ピアノが弾けるお母さんでさえ、「幻想即興曲、シューベルト!」「別れの歌っ。ベートーヴェン!」とか、もうめちゃくちゃで、皆、大笑いをした。

 思えばこれが、私の現在の発表会企画に繋がっているのかもしれない。こんな機会にでも、みんなに楽しみながら曲を覚えてもらえて嬉しかった。

 最後にレセプションにて、お菓子にケーキ。みんな、とっても楽しかったと言っていた。一人、ちょっと気難しい親御さんがいらっしゃったのだが、彼女も大変満足だった様子で、私はホッとした。いろんなタイプのママがいたが、私はだいたい、誰とでもうまく付き合っていた。とにかく発表会は大成功。私はこの頃から、生徒たちにピアノを教えることが好きだった。自分の勉強はもちろん第一だったが、子どもたちにピアノが好きになってもらいたいという想いは強かったと思う。

 この時期はまた、演奏会ブームでもあった。コンセルヴァトワールの学生たちがこぞって、大使館を借りてリサイタルを開いていた。翌日には友人キボウちゃんのコンサートがあり、夜八時から出かける。コルニル先生もいらっしゃっていて、終わってから先生は、ピアノと、音響が悪い!としかめっ面をしながら、壇上で仁王立ちしていた。(実際、本当にそうだった。)そしてレセプションにて、先生は有無を言わさず、次はユキがコンサートをやれ、と言って、その場で日程を四月に決めさせていた。女王君臨。ものすごい迫力である。

 私は皆の演奏会を聴きながら、一人落ち込んでいた。私はちっとも曲がはかどっていなかった。みんな、すごいなあ。本当に優秀だ。それに比べて、私なんて。取り残されたような焦燥感に襲われた。そんな気持ちでいるところに、突然よっちゃんが、

「そういえばオレ、こないだ夢を見たよ。カオルちゃんの先生が、『僕はもうついていてやれないから、君によろしく頼むぞ』って言ってたよ。」

 と、嘘だかほんとだか、調子の良いいつもの感じで、カルチェラタンで夕食をとりながら口にした。私が帰国するたびに、よくお墓で会話をする師匠のことである。う〜ん、本当か?だとしたら、嬉しい。私は思わず、涙が出た。先生、応援していて下さい。と心の中で祈った。

 六月の試験まであと三ヶ月くらいの中途半端なこの時期は、このようにして過ぎて行った。この夏が終わってから先のことも決まらず、試験の曲もまだ仕上がらず、私は宙ぶらりんな気持ちで、気だけが焦っていた。

 それが四月に入ると、ようやく現実を直視するようになってゆく。

 中だるみ状態から、再び猛烈にやる気を出し始め、我々は迫り来る本番に向けてスタートを切るのである。

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