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2017年6月30日 (金)

百九 演奏会と、仲間たち

 年が明けると、いつも私たちはパリの公開レッスンへと出かける。

 その年もお決まりのように、私はパリのエミコのうちに一泊して、彼女の愛のこもったオニギリを持たせてもらい、ルーブシエンヌの公会堂に向かった。

 私はトップバッターに、バッハとベートーヴェンを弾いたが、アンリオ先生には、

「il fout beaucoup travailler ! on a encore de temps !」
(もっと練習しろ!まだ時間はある!)

 と、一喝される。そりゃそうだ。まだ、全然形になってないもの。バッハはそのテンポ設定とピアニッシモについて、ベートーヴェンは、悲愴ソナタ、trop jentil. 優しすぎる。とアドバイスいただく。コルニル先生の言っていることとはまた、全然違うけれど、いつも先生の音楽的な指摘には頭が下がる思いであった。

 そんな中で、他の仲間たちは皆、先生に、tres bien(トレ・ビアン。大変良い)と褒められていた。キボウちゃんのダンテは素晴らしかったし(リストね。)演奏会の近いキョーコちゃんも、もう曲はすっかり出来上がっていた。私だけがダメ出しを食らって、しょんぼりと帰って来たように思う。友人のエミコはそんな私を毎度、励ましてくれて、夕飯にパスタを作ってくれた。彼女のパスタは、絶品であった。ありがとう、エミコ。

 キョーコちゃんのミニリサイタルは、二月に入ってすぐに開かれたが、私はメトロの行き先をうっかり間違えてしまい、しょっぱなバッハのシャコンヌを聴き逃した。大好きな曲だったのに、残念である。彼女の演奏は素晴らしかったのだが、聴いているうちに、なんだか自分まで本番を想像してしまい、緊張の汗が出る。いろんなメンバーたちが集まっていて、楽しかった。演奏会とは、音楽仲間が集結する場でもあるから、いいもんである。今年から入って来たであろう、背の小さくて可愛らしいアコちゃんは、

「カオルちゃん、私の彼がね、カオルちゃんって言う、すごく感じの良い子がいるよって、教えてくれたのよ。今だから打ち明けるけど。」

 と言ってくれたりして、何だか嬉しかった。アコちゃんの彼氏とは、一足先にブリュッセルに留学して来た秀才で、ずっと、彼女の渡欧を心待ちにしていたヤザワ氏である。私は彼と仲が良く、学校で会えばとても親切にしてもらっていた。ヤザワ選手、私のことを彼女に褒めるなんて、いい奴じゃねーか。なんて、日記に書いてあった。彼女たちはめでたく結婚し、日本でもご夫妻でよく、リサイタルを開かれている。

 二月九日には、ウゴルフスキーのコンサートがあった。会場がどこだったかは覚えていないが、さすがに学生たちはほとんど集まっており、Mr.ミタは、可愛いスペイン人の彼女とベッタリであった。(この二人も、結婚して可愛いお子さんが生まれていると思う。たぶん。)

 ウゴルフスキーはロシアのピアニストで、確かドイツに亡命して来ていたんだけど、彼の演奏はさすが、個性的でとても面白かった。ムソルグスキーの展覧会の絵などは、ちょっとやりすぎと言うか、本当に独特なものだったが、スクリャービンは最高だった。だけど五番のソナタは、危なっかしくって、聴いていられなかった。でも、人気があるのはわかるような気がする。

 演奏会が終わって、珍しく雪降るブリュッセルの街を歩きながら、私はユキと一緒にカフェに寄りながら帰った。辺り一面真っ白に輝く、静かな夜のサブロン広場はとっても美しかった。私たちは冷たい、澄んだ空気を吸い込みながら、綺麗!すごく綺麗!と言って、はしゃいだ。この光景を、私は一生忘れない。と日記に書いてあるのに、読み返すまではすっかり忘れていた。読んだらあの時の光景が脳裏にパアッと蘇ってきて、なんだかとても嬉しくなった。帰ってから、猫のプーに雪を踏ませてやったら、速攻で逃げ帰っていて、可愛かった。

 私は、二月のその時を、そのように、仲間たちの演奏を聴きながら過ごしていた。

 そしてとうとう、痺れを切らした父のために、日本へ一時帰国する。この時まで私は、本当に幸せに過ごしていた。まあ、その後だって、幸せには変わりないんだけど。

 とにかく、またもや私の恋愛ドタバタ劇は、始まろうとしていたのである。

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