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2017年6月 6日 (火)

八十二 新年の気持ち

 日本のような情緒あふれる年末年始の代わりに、私たちはこうしてヨーロッパめぐりを楽しんでいたが、私は新年の挨拶も忘れていなかった。

 日本の師匠に手紙を書き、実家に電話をかけ、妹が受験の真っ最中であることを知る。私はついに、妹の高校時代を日本で見ることはできなかったのだが、楽しそうな高校生活の学祭の様子などは、いつもビデオに撮って送ってきてくれたので、だいたいは想像がついていた。彼女が現在の夫と付き合いだしたのもこの頃からであったと思うが、もともと同じ水泳部だったし、妹がずっと好きだったのも知っていたので、めでたく恋が実ってよかったなあ、と思ったものである。そして、彼女はとんでもなくレベルの高い大学ばかりを狙っているようであった。がんばれ、期待の星。姉は一人、ベルギーの地で応援していた。

 かけづらいが、気になっている相手にも電話をしてみたりした。このブリュッセルでは、相当毎日がヒマである。だから、いつも学生たちは、練習に行き詰ってはお互いに電話ばっかりして、ヘタすれば一、二時間も潰してしまうこともあった。東北の彼には、日本時間の朝十時くらいにかけて、繋がった。

「おおっ、カオルカオル。新年明けましておめでとう。」

 と言うと、はじめは私だとわからなかったみたいで、すぐに気付くと

「何がカオルカオルだ。」と言って笑った。

 アムステルダムや、スイスの話。ソルド(セール)の話。フランス語もずいぶん、話せるようになった話。

「当たり前でしょー。何年目よ?」

 と言って、相変わらず笑っている。さすがに別れた彼女には気を遣うのか、疲れひとつ見せなかった。

 一月半ばには私の二十六才の誕生日を迎え(若い)、皆からお祝いのファックスをもらう。妹は無事に、センター入試が終わったようだ。この日はよっちゃんと映画を観たり、イタリアンへ行ったりして素敵な日を過ごした。

 平和で幸せな日。だけど私には、どこかにいつも、寂しい気持ちが残る。それは、いつ、どこにいても同じだった。私だけではないはずだ。これは一体、何なんだろう?

 多分、何か、生に対する、寂しい、説明のつかないようなものだ。

 この時の私は、今の自分には感じることのできない、若さゆえの行き場のない不安を感じていたのだと思う。外国暮らしというのはまさに、そういうところでもあった。

 この先、もしも願いが叶うとして、一体いつまで勉強を続けていけばいいのか。ベルギーでこのままずっと、彼と一緒に暮らして行けばよいのか。終着駅のない列車に乗っているような気持ちで、私たちにはどうすればいいのかわからなかった。音楽には終わりなどなく、自分で気持ちに区切りをつけるしかない。海外生活に心の底から満足し、日本でなど暮らさないと決めている友人を除いて、それは皆、いつも抱いている想いであった。そしてそんなことを考えては、結局未来など決められなくて、今この時をとりあえず頑張るしかない。という結論に達するのであった。

 道は、必ずどこかに繋がっていく。なるようになるのさ。

 と信じて。

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