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2017年6月26日 (月)

百五 四年目の友人たち

 この年は、いろんな面白い後輩たちがコンセルヴァトワールに入って来た。

 その中でも、新しく入ってきた十九歳のミミちゃんは、とびきりのお金持ちガールであった。

 私は、彼女がうちの近所に越して来たことと、妹ユリコと同い年だったことも手伝って、とても可愛がった。彼女もまた、カオルさんてお姉ちゃんみたい!と言って、よく遊びに来てくれた。私はミミちゃんのレッスンに一緒について行き、通訳をしてあげたり、食事に誘ったりした。私はずいぶん料理の腕も上がっていたようなので、ミミは私のメニューの真似をして、他の友人たちを呼んでホームパーティーを開いたりしていた。カオルさんも一緒に来てと言われて、私もちょくちょく遊びに行っていた。

 彼女のうちはすごかった。ブリュッセルの学生の中でもかなり豪華な部屋に住み、ピアノはもれなく、超高額なベーゼンドルファーを買ってもらっていて、私たちはたまげた。お父様は開業医で、お母様は娘に世話を焼くのが楽しくて仕方ない様子であった。ミミは甘やかされてはいたが、大変素直ないい子だったので、皆から可愛がられた。けれど彼女はいつまでも私たちに頼りがちなので、私は途中で自立させるために、わざと突き放したりもしていた。

 若くて吸収も早いだろうと思われたミミは、けれど半年も経たないうちに、やっぱり日本の大学を受け直すと言って帰国してしまった。ピアノまで買ってもらっていたのに、私たちはまたもやたまげたが、本人がそう決めたなら仕方がない。(ちなみに、ブリュッセルの学生たちはほとんど、グランドピアノはレンタルしていた。向こうは娯楽品の税金は高かったので、これが一番の出費であった。)ミミはその半年の間に何度も一時帰国していたけれど、その反対に、日本にはほとんど帰らないツワモノもいた。

 後輩のトッコちゃんは、何故だったか、日本へは一度も、というくらい帰らなかった。おじいちゃんが亡くなった時にも、帰りたいのに帰らせてもらえないと言ってしょげていたから、何か事情があったのかもしれない。そして彼女は現地のベルギー人の彼と付き合っていて、結局、向こうで結婚し、今でも多分、ベルギーで暮らしている。

 私はトッコの彼氏とも仲良しで、よく一緒に遊んだんだけど、ホントにいい奴であった。あの彼氏と結婚すればよかったのになあと、内心思ったりしている。(たぶん、私が帰国してから彼女は、別の彼と巡り合っている。)私がもしフリーで、よっちゃんもいなくて、もしも彼がトッコの彼氏じゃなかったら、私たちはもしかしたら付き合っていたかもしれない。自慢じゃないけど、私はこれだけ自由奔放な女でも、友達の彼氏を奪ったことは一度もない。私は友人を大切にしたし、何より、私の友人たちは皆、個性的だったので、誰も趣味がかぶらなかった、ということが大きいかもしれないけど。

 そんなわけで、私の四年目の楽しい友人たちはまだまだ他にもたくさんいるので、追って紹介しつつ、書き進めていきたいと思う。

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