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2017年6月 5日 (月)

八十 チューリヒへ

 元旦の夜、私とよっちゃんは、二度目のスイスへの旅に出かけた。

 今回は、寝台列車での旅。チューリヒに留学してきた、私の大学時代の友人に会いに行くためである。夜行列車は初めてだったが、安い六人部屋はやめて、二人部屋にした。これは正解だった。とてもじゃないが、六人部屋は私にとって厳しそうであった。二人部屋は、パスポートを預けられたり(途中、起こされなくてすむ)とても快適である。それなのにやっぱり私は眠れず、上でガーガー寝ているよっちゃんが羨ましかった。

 到着は朝九時。二時間強の遅れだった。彼女とは七時に待ち合わせしていたので、とても心配になったが、彼女はかえって気を遣ってくれて、満面の笑みで駆け寄って来てくれた。よっちゃんとも、ウマが合っているようだった。そして私たちは、彼女のホームステイ先に案内してもらった。

 スイスのこの家のマダムは、私の住む、完全独立型の大家さんたちとは違い、まるで本当の親戚か、母親かのような印象を受けた。ちょっと神経質で、気に入った人間とでないと暮らさないわよ、と言わんばかりの女性であったが、幸い私たちは気に入られた。マダムがもてなしてくれたチーズフォンデュは、ブリュッセルで食べるそれよりも、ワインが効いていてとても美味しかった。フランス語で丁寧に、作り方を説明して下さる。

 チューリヒはドイツ語圏だったが、スイスは言語が四つに分かれており、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語になっている。ちなみにブリュッセルはフランス語圏であるが、ベルギーという国はフラマン語(オランダ語の方言)とフランス語に分かれており、ブリュッセルの駅は、二つの言語で表記がされている。だからヨーロピアンたちは割と普通に何ヶ国語かを喋れるのだ。語学とは、はっきり言って、必要に迫られてナンボである。日本という島国に居て、日本人だけに囲まれ、英会話教室に行ったって、いつまでたっても話せるようになんてならない。だから本気で喋りたいと思う人は、文法など気にせず、サッサと海外へ出て喋りまくるべきである。

 さて、スイスという所は、何をするにも物価が高かったけれど、清潔で、高貴な雰囲気のある国である。ずっと後になって私は夫とも一緒にこの地を訪れるが、高貴な夫はB級なブリュッセルよりも、チューリヒがすっかり気に入っていた様子であった。

 彼女たちにすっかり親切にしてもらい、四日の昼の列車で私たちはブリュッセルに戻ることになる。駅まで見送りに来てくれた彼女は、慣れない土地で寂しかったのか、大粒の涙を大きな目からポロポロとこぼしてくれた。

 ブリュッセル到着は、夜の八時。こうして三年目になると、私もすっかりヨーロッパ各地に慣れ親しむようになってきていた。次の週にはお隣のオランダへ旅することになるのである。

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