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2017年6月22日 (木)

百一【四年目】 最後の留学生活

 百話を越えたところでちょうど四年目。私の留学生活最後の年の、始まりである。何だか偶然とはいえ、キリのいい数字も感慨深い。ここから先が私の、想い出の四年間、完結編となる。

 この最後の一年間は、今日記を読み返しても大変充実していた年であり、たくさんの後輩たちに囲まれて、先輩として今までの恩を少しずつ返していた年でもある。ピアノの楽曲に対する理解も、曲作りもだいぶ早くなり、和声も上級に進み、フランス語会話の方もかなり上達していた。コンクールの準備をする余裕もあり、私はリベンジに燃えていたと思う。

 そして同時に、この最後の一年間は、日本でのスタートを切る最初の準備期間でもあった。私はこの年、とても充実していたが、後半、状況は少しずつ変わって行き、確実に日本へ帰国させるための運命の手招きがあったと思う。もしかしたら、この先生まれることになるであろう、現在十歳の娘がそうさせたのかもしれない。私をこのタイミングで日本に帰国させたのは、雲の上からずっと見ていた彼女であった、と考えると面白い。

 今までずっと、この最後の年の日記だけは読み返すことがなく、封印していた。別にあえてそうしていた訳ではないのだが、私は今を生きる女なので、過去にはあまり興味はなく、基本的に読まなかった。でも今そのページを開いてみると、何度も言うけどものすごく充実した日々だったのがわかる。それなのに何故、私は日本へ帰る決心をつけたのだろう。昔のことすぎて、わからない。まだ今のところ、冬までしか読んでいないから、その理由は謎である。この記事を書くと同時に読み進めてみたいと思う。四年間の自分の心境の移り変わりが客観的にわかって、そうだったのか、と納得できるはずある。

 私は一九九八年九月二十八日、父と妹のユリコに横浜まで見送ってもらい、成田まで向かった。妹は改札で、ずっと手を振ってくれていた。ANAはエンジントラブルのため二時間のディレイ。でもまあ、トラブルに気付いてくれて良かった。私は何度も乗るハメになっているが、飛行機なんて大っ嫌いである。できるならば、乗りたくない。怖いし、揺れるたびにドキドキする。でも私は悲しいかな、飛行機とはとても縁がある身だ。今でも夫の実家は札幌だし、乗らずにはいられない。できれば、新幹線で行きたいところだけど。早く開通してくれ、と願う。

 私は空港で、母と、それから仙台の彼に電話を入れて別れを告げた。パリからのエールフランスは、これがまた小型機でものすごく揺れて怖かった。ザベンテム空港ではまたよっちゃんが出迎えてくれて、半地下室に着くとホッとする。もう、ブリュッセルの街は私の第二の故郷となっていた。猫のプーは一瞬私を忘れていて、逃げていた。猫とは薄情なものである。

 そんな訳で、私の四年目の留学生活は、スタートをする。

 最初こそ日本が恋しくなり、つい涙ぐんだりもしていたが、最後となるこの一年間のスタートは、最強のパートナーよっちゃんもいて、私は幸せ一杯であった。

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