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2017年6月 9日 (金)

八十六 五月の私

 五月のブリュッセルは、真夏のような爽やかな日と、冬に戻ったかのような寒さが交互に訪れた。

 ベルギーには、冷房がない。だからたまの暑さが来ると、蒸し風呂になる。特に地上を走るトラムやバスは開閉窓がほとんどなく、厳しかった。けれど私の住む半地下は常に天然のエアコンが効いていて、いつでも涼しかった。でも、三年目ともなると、私はどうしても外の風が恋しくなり、台所のドアに網を張ることを思いつく。BRICO(ホームセンターみたいなところ)で千円ほどの網を調達してきて、虫が入ってこないようにピンで留めただけの網戸だったが、私は大満足だった。どうしてもっと早く思いつかなかったんだろう。猫のプーは、庭に出てみたくて興奮していた。何故なら、庭にはウサギのダゴベルたちが跳ね回っていたからである。プーは小心者だったので、頭を低くお尻を振っているだけで、飛びかかろうとはしなかった。たまに大冒険をして、四、五歩庭に出てみては、私に怒られて逃げ帰って来た。可愛いやつである。

 真夏日の中、パリのレッスンにも通った。アンリオ先生は、試験間近の曲を聴いて下さり、例の、リストため息のレッスンもこの時の話である。後輩のエミコも大歓迎してくれて、まるで南仏のような風通しの良い部屋で一泊させてもらった。ただし、窓を閉め切って練習をしなければならない時は地獄だそうである。

 フランス語は、バージバン先生に習い始めたこともあり、もともとお喋りな私は、輪をかけて楽しくなってきていた。和声の授業でよく会う女の子とも、もちろんメルクス先生とも、日本語で会話している時よりもずっと面白かった。自分が全然違うニュアンスの人間になれるからだ。あちらの言葉で話していると、自然と表情もしぐさも大きくなれるし、大人しい日本語よりもずっといい。イエスノーがはっきり言えることも気分が良かった。長らく行っていないが、もう一度ヨーロッパに行ったら、またその気分が味わえるだろうと楽しみである。

 ピアノは、七月の本番に向けて、この頃は称して「ヤバイものシリーズ」の練習に取り掛かっていた。バルトークなど、またもやレッスンにて「trop vite!(速すぎる)」と叱られ、メトロノーム地獄となり、鼻で笑われ散々であった。エチュードも何度弾いてもうまくいかないところが出てきて、苦戦していた。

 だけどそんな日々の中、私は夢を見る。

 夜空に浮かぶ、満天の星を見上げながら、暗い海にキラキラと光り輝いている夢。

 とても印象的で、これは希望が叶う暗示なんだ。だから誰にも言わないでおこうと思った。

 そして五月十七日。この一年間かけて頑張ってきた、和声の中級モワイアンの試験日がやって来るのである。

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