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2017年6月 3日 (土)

七十五 のらとの生活

 アフリカからやって来たのらは、大変な変態…いや、愉快な奴だった。

 毎日、私が学校から帰って来ると必ず、部屋のぬいぐるみたちがツガイとなって、変な格好をして散らばっていた。私がやめろと言っても、何度でもやるので笑ってしまう。それから大家さんの娘、エヴァとも大変な仲良しになり、日本語とフランス語でしっかり愛が通じ合っていた。(エヴァはお父さんがベルギー人、お母さんがチリ人なので、当時はフランス語とスペイン語しか話せなかった。)そして、のらの作る白菜鍋は絶品であった。確か唐辛子を入れて、骨付き鶏肉と白菜をぶちこむだけの料理なんだけど、それはそれは美味しかった。私たちは毎日、賑やかに暮らした。

 よっちゃんはのらのことを気に入ってくれたので、幸い、私たちに嫉妬するようなことはなかった。ここにユキが入ってくるとどうも男の匂いがしてくるので、だいたいにおいて、ヤキモチを焼かれたのだが。だけど何を隠そう、のらも男性たちには大変モテたのを、私は知っている。結局、面白くて魅力的な人物は、男女問わずモテるのである。私とユキとのらは、三人で集まっちゃあ、ワイ談をしたりして、バカ騒ぎしていた。どうしようもない。

 彼女は結局、一ヶ月とちょっとの間ブリュッセルに滞在し、十一月に入ると旦那さんの待つアフリカへ帰って行った。また、半地下の部屋には静けさが戻り、私は寂しくなった。ユキはそんな私の気持ちを察して、電話をかけてきてくれた。優しい奴である。

 そして私は、彼女がいなくなってから、よっちゃんと一緒にロンドンに行ってミュージカルを観たり、パリからまた後輩のエミコが遊びに来たりしながら、ぼちぼち以前の生活を取り戻していった。

 そんな中、ふと、心の穴を埋めるかのようにして、東北の彼の電話番号をまわしてみた。もしもし、と彼が出た。私はびっくりして、一度、何も言わずに電話を切ってしまう。それからしばらくして、もう一度、深呼吸して電話をかけてみた。彼はもう一度、受話器の向こうから返答をした。思い切って、元気?と、声をかける私。

 彼は至って普通で、私たちは冷静に話した。私たちが別れたことを、彼がショットバーの仲間たちに話したこと。私も、大使館のみんなにも話したこと。そしてお互いに、何だか、本当に終わったんだね。と言って、二人して何故か少し落胆した。でも、電話をかけてみてよかった。少しホッとしたのを覚えている。

 それからというもの、私は彼のことは徐々に忘れて、心穏やかになっていった。完全に忘れはしなかったし、何度か、ああ、今でも好きだなあと思ったりしたが、痛みはなくなっていた。年末あたりには、もうずいぶんと傷は癒えていたように思う。そして暗い静かなブリュッセルの部屋で、三年目の曲と向き合い、練習に精を出し始めるのであった。

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