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2017年7月 1日 (土)

百十 私が帰国を決めた理由

 二月十一日。一時帰国する日、私は朝イチでコルニル先生のレッスンを受けた。

 この日はコンチェルトの二、三楽章。これで、一通りの試験曲目がとりあえずレッスン終了してホッとする。ユキが久びさに私のレッスンを聴いていて、「カ〜オルちゃん、弾き方変わったねぇ〜!」なんて言っていた。

 先生に、ボン・ボヤージュ!(よい旅を)と言われて、速攻で帰宅。よっちゃんに、バレンタインのお花を買って、プーのトイレを掃除して、コンセルヴァトワールに電話をかけ、ディプロム(卒業証書)がまだ出来上がっていないことを確認してから、大家に挨拶をして家を飛び出した。

 今回の帰国は、サベナの旅。新しい機内は快適であった。満席だったので窮屈だったが、直航便はやっぱり楽である。私は次の日の午前十一時に、成田に到着した。

 着いたら、成田エクスプレスの出発時刻まで四十五分もあったので、判断をミスった私はJR快速に乗ってしまった。そっちの方が早いかと思ったら、これがローカル過ぎて二時間もかかってしまう。辛すぎて、無になっていた私。どうやって実家まで帰ったか、フラフラしていてよく覚えていない。幼馴染みのヨシエに、駅まで迎えに来てもらったが、とりあえず即、寝た。愛犬のビビはいつもながらに耳を垂れて、ウルウルと感動して出迎えてくれた。

 冬の日本は、暖かくて幸せだ!それに家族はVIP待遇してくれるし、お風呂はあるし、お米は美味しいし。(向こうでは、カリフォルニア米を食べていたと思う。)でも、そんな幸せ満喫もつかの間、私は風邪をひいてしまった。喉が痛くなり、熱を出す。あ〜、こんなはずじゃなかったのに。一週間経っても一向に微熱が下がらず、病院で、おかしいから耳鼻科へ行くようにと言われる。ヨーロッパじゃ、こんなに丁寧に診てもらえないなと思い、感動する私。やはり、私は風邪から鼻に細菌が入ってしまったようで、抗生剤を飲むことになった。

 何だか、風邪をひくために日本に戻ってきたような感じになってしまったので、もったいないからもう少し延長してくれば。とよっちゃんにも言われ、少し余計にチケット代を払ってそうすることにした。その甲斐あって、私はだいぶ回復し、元気になってから、日本の先生方にも連絡を入れる。大学にも行き、毎度のこと、懐かしい顔ぶれに挨拶をしてきた。

 そこで私は、自然と、今年の夏に勉強を終えて、帰国することについて心が決まるのである。

 大学で、お世話になっていたある方と学食で喋っていた時に、ふとしたセリフに大きな疑問を感じた。私が帰国後の仕事探しについて話していた時、彼は私にこう言ったのだ。

「カオルちゃん、せっかくベルギーにいるんだから、帰って来てから音大附属の音楽教室なんかで働くなんて、もったいないよ。大学の講師とかなら別だけど。」

 と、好意で言ってくれた言葉に、私は違和感を覚えた。

 確かに、附属の音楽教室へは、ある程度優秀に大学を卒業した者ならば、そのまま面接を受けて採用されることが多かった。せっかく海外に留学したのに、卒業生たちと同じ道よりも、大学の講師を受けろ。と言う気持ちはわかる。でも、「音楽教室でなんか。」というレベルならば、そんなところで教えている先生も生徒も、そんなものなのか。だから日本の文化は、良くならないのである。大学の講師は良くて、その附属の教室はダメ?そんなの、ヨーロッパじゃ考えられないことである。向こうでは、パン屋の売り娘だって、あんなにタカビーに、誇りを持って働いていられるのだ。日本は一体、何なのだろう。

 私は日本を外から見て、この国の長所も短所も共に垣間見ることができた。そしてまた、ヨーロッパの長所短所も感じ取ることができた。プライドばかり大きくなって帰って来ることはしたくない。もっと、ポジティブな方向で、人々に音楽を伝えて行きたい。

 そう思ったら、あと残り少ないかもしれない欧州での生活を頑張ろうという気持ちと共に、日本での活動の目的がはっきりしてきた。今日、大学へ行ってみてよかった。その時私は、使命感に燃えていたと思う。

 勉強は、どこででも続けられる。問題は、どこで踏ん切りをつけるかだ。音楽に終わりはないので、もう少しもう少しと思い続けるとキリがない。お金にも限りがあり、いつまでも学生でいられないのなら、今までの恩返しをするべく、後進の指導にも尽くすべきである。その時の私は、そこまでハッキリとは思わないまでも、漠然と、彼の一言により感じることができた。

 今、日記を読み返してみてわかった。これが、私がそろそろ引き上げようと思った、大きな決定打である。その時はまだ、迷いもあったかもしれないが、私は確実に、このことを思って帰国して来たのだ。あ〜、良かった、男のために帰って来たんじゃなくって。もしかしたら、そうだったんじゃないかと思って、ハラハラしていたところであった。行きは北京のカレにつられたのであって、結果オーライだったとしても、帰りまで男のためだったらシャレにならない。私は、正々堂々と、正当な使命感により、帰国をすることになったのである。よしよし。

 そしてそんな志し高き中、私はついに見合いをさせられた。

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