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2017年7月 7日 (金)

百十六 エリザベートコンクール二次を聴いて

 五月十三日、エリザベートコンクール、二次を聴きに行く。

 三時からの部で、私は日本人男性と、イスラエル人男性の演奏をそれぞれ一時間ずつ聴いてきた。アンポゼ(ベルギー人作曲家の曲)二題と、二人ともショパンを当てられていたが、つくづくショパンのフレーズは美しいと感動してしまった。何を今さら、なんだけど。思わず帰ってからバリバリ練習してしまう。

 私は本当に、四年間ヨーロッパで勉強できて、多くのことを学べて幸せだった。自分の中で、音楽とは何か、確固としたものが定着しつつあるのをはっきりと感じていた。

 それから、美しい音色の出し方、フォルテを出す瞬間の力の抜き方など、エリザベートを見ていると、それだけで、自分の技として盗むことができた。

 しかし友人のユキはスランプだったらしく、私に泣いて電話をかけてきている。大丈夫か?と、心配している私。

 これらは全て、日記に書かれていることである。詳しいことまでは忘れたが、日記とは本当に、財産である。その時のことが鮮明に蘇ってきて、ああ、そうだったと懐かしい。最近は昔に比べて、書く内容も年々、日々の忙しさにかまけて雑になり、薄れてきたんだけど、頑張ってちゃんと書くようにしよう。それでも、若さ溢れる感受性には全然負けるんだから。

 本番と言えば、六月に入り、私たちはペライアのコンサートも聴きに行っている。

 私は本当にラッキーガールだったらしく、今回も、私のプログラムであるバッハのパルティータ一番が含まれていて、大喜びで出かけた。

 すごく癖のある演奏だったが、パリッとした弾きっぷりで、私もユキも非常に感動して帰ってきた。バッハは、タメが上手くてとても勉強になった。と書いてある。自分たちも早く、ちゃんとした舞台でコンサートをやってみたい。試験とは違う、自分の個性を発揮できる舞台だ。ユキと私は、そう話しながらお茶をした。

 本番数日前には、友人ヤザワ君のコンサートもあった。我ら学生一同はまた、久々に集会を開いたかのような集結ぶりで、楽しかった。彼の演奏はとても緻密で、頭の良い人だと感じさせられる。その人柄も知っているのでますます好感の持てるものであった。私たちは中華を食べに行き、Mr.ミタに、またもや「カオルちゃんは、付き合ったら怖い女だ」と言われて大笑いをしていた。何故だ。私って、しつこいのか?ミタ氏よ。

 私はこの時期、試験の練習の合間に少しずつ、日本への帰国準備も始めていた。

 時期は十月。試験が終わって、イタリアのコンクールを受けてから帰国する計画を立てた。荷物整理で、持ち物を売り始めたり、エヴァにドレスをあげたりしている。でも一方で、帰国したらもう、コルニル先生たちのレッスンは受けられないんだな、という不安と寂しさも抱いていた。ユキやオリビエはとても寂しがり、心は揺れる。オリビエからは、「もう、カオルの笑い声も、ピアノの音も聞こえなくなるのか。」と言われた。

 こうなってくると、人の気持ちとは、去ろうとしているところに執着するものである。

 私は一時、見合いの君に傾いていた気持ちも、多少冷め始めていた。言ってみれば、日本に対する執着が薄れて行ったのである。

 でも私は迷いながらも不思議と、今年は何故か着々と、帰国の準備を進め始めていた。きっと、その時が来ていたのだ。最後の最後まで、私の気持ちは揺れるが、最終的には迷いはなく、決然と帰国している。きっと、本当に、その時がやって来ていたのだと思う。

 人生とは、不思議なものである。あの二十七才の秋、帰国を決めていなかったら、今の私はいなかったかもしれない。あの秋に帰ってすぐに私は夫と出会い、二年の時を経て再会し、あっという間に状況は変わって結婚することになった。

 生きることに希望は必要だが、目標は無理に決めることはない。だって、そんなものなかなか決められないし、決めたとしても流れなんてすぐ変わっちゃうし。ただただ前を向いて楽しく走ってりゃ、幸運の女神なんていつだって微笑んでくれるものである。私はそう思う。辛い時だって、前を向いた者の勝ちである。けっこう難しい時もあるけど。いつだって、そうやって生きてゆきたい。

 そんな訳で、私は帰国を決めた。もちろん、何度も言うが、気持ちは常に揺れていた。

 そして試験は迫り、目前に控えた時、母からの一通のファックスが届くのである。
 

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