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2017年7月30日 (日)

続編八 帰国リサイタル

 二〇〇〇年、五月十日、水曜日。

 その日は記念すべき、帰国して第一発目の、リサイタルの日であった。さすがの私も、前日までは遊ばなかったらしい。体調は良く、コンディションも万全であった。後輩のコヤマ君からも前夜に連絡が入り、彼が珈琲屋でバイトを始めたことを知る。そこはグランドピアノが置いてあり、音楽仲間たちがしょっちゅう演奏会などを開いている、いわばアーティストたちの集うサロンと言っても過言ではないような、居心地のよい場所であった。昔、白いアップライトピアノが置いてある頃から私は知っていたので、コヤマ君がここで働き始めたと聞いて、なんだか嬉しかった。私も働こうかな〜。なんて、日記には書いてある。

 さて、帰国リサイタル当日。

 私は前夜から不安で眠れず、汗をかいたり、暑くなったり寒くなったりで体調も下降気味であった。うとうと状態で昼前に起き、三時に文化会館へ。家で待機する時間が一番辛かった。それに体力は夜までとっておかねばならないし。

 会場に着くと、スタッフや調律や録音の方たちがもういらっしゃっていて、雑用をやるうちに気も紛れる。調律は素晴らしく良かった。そして、よっちゃんがスーツ姿でお花を持ってやって来る。ハッキリ言って、惚れ直した。開演までずっとそばにいてくれたのは、とても嬉しかった。

 六時になると、母と妹のユリコもやって来る。父は来られなかった。私のお見合いの君に会場で会うのがどうのこうの、と言って、辞退したのである。まわりはそんな父を見て、どうして娘の晴れ舞台に行ってあげないの、としきりに言っていたが、我が家族と私は、音楽に疎い父を知っているせいか、ぜ〜んぜん何とも思わなかった。

 肝心のマネジメントであるマツザキさんはというと、渋滞に巻き込まれて六時半のギリギリセーフであった。ホッとする私。お客さんは開場時間前ですでに二十人近く、そして開場してからは、階段の下まで行列が出来ていたらしい。ものすごいプレッシャー。あっという間に七時である。五分前の、ベルが鳴る。興奮と、恐怖とで卒倒しそうな音だ。

 ああ、今夜は、成功するのも失敗するのも自分次第。自分一人に、かかっているのだ。一人きりなのだ。と感じていた。こうして書いている間にも、めちゃくちゃ緊張して心臓がバクバク鳴っている。本番とは本当にいつだって、舞台裏ではまさに断頭台に上る心地なのである。

 開演、五分押し。ドアが開いて、ステージに出る。客席からの割れんばかりの拍手に包まれた時、私は、何て温かい拍手なんだろう!こんなに温かい雰囲気の会場で弾いたことは一度もない。と思った。そして卒業試験の時も感じたのだけれど、我が亡き師匠、てっちゃんの存在をふと、感じた。先生が聴きに来てくれている。私はリサイタル直前に、先生のお墓まいりに行って、応援して下さいと頼んでおいたのだ。ありがとう先生。先生が来てくれたのはこれが最後で、その後の演奏会には一切感じなかったのが不思議である。そしてみんなの温かい応援の気持ちがひしひしと伝わって来た。私は舞台に出たとたん、涙が出そうになってしまった。ありがとうみんな。私、頑張って舞台をやり遂げるよ。すでに感動で倒れそうになる自分を抑えながら、シンと静まりかえる会場で、意識をピアノ一点に集中していった。

 弾いている間は、二人の自分がいた。

 客観的な自分と、集中している自分である。幽体離脱しているような感覚。

 モーツァルトはとっても怖かったので、一楽章は身体が硬くなってしまったが、二楽章からは徐々にほぐれていった。楽しんで、綺麗な音を響かせるように。天真爛漫なモーツァルトの魅力が、出ますように。

 続くスクリャービン、プーランク。

 この辺りはお得意路線なので、ようやくフォルテも出せて、ピアノも鳴り始める。プーランクのトッカータはもう少し落ち着いて弾けたら良かったが、前半はあっという間に終わってしまった。休憩。初めて一人きりでリサイタルをやってみて、本当に、自分一人で持つステージというのは、体力と集中力の勝負だと知る。幸い、この日は体調が良かったので、最後まで失速せずに乗り切ったが、後ほどの演奏会では、後半に体力が全然残っていなくて辛い思いをしたことも何度かある。

 後半ステージ。いよいよバーバーのソナタだ。

 これが無事に終わってくれれば。私は祈るような気持ちと、闘志に燃えた心持ちで、再度舞台に出た。拍手。重々しく貫禄のある一楽章。コロコロと高音をもて遊ぶかのような、二楽章。そして緩徐楽章である、謎めいた三楽章。ここまで、集中してうまく行った。さあ、問題の、フーガである。ブリュッセルでも散々弾かされた、あの飛び切り恐ろしいフーガ。行くぞ。私はテンションを大幅に上げて、自分の集中力との勝負に挑みにかかった。

 落ち着け。心の中で、必死にテンポキープしながら、鍵盤に指を走らせる。私には会場の奥まで鳴らせるような、フォルテッシモが欠けている。でも、なんとか、綺麗に響く音で、遠くまで音が飛んでくれたら。そう願っていた。必死だった。でも、同時に、自分の演奏と音楽を楽しめるような余裕もあったと思う。だって私はだてに四年間、あの暗い半地下で、下積みの生活をやっていない。ヨーロッパで頑張った、私の四年間の想いを聴いて欲しい。そう願いを込めての演奏であった。

 最後の低音を鳴らしきった時、会場から拍手が沸き起こった。どこからか、「ブラボー!」という低い声が飛んだ。後から知ったのだけれど、それは音楽仲間である、仙台の彼であった。彼は大変感動してくれて、思わず叫んだそうである。嬉しかった。

 アンコールのショパンのノクターン二番は、コヤマ君が大変褒めてくれた。小犬はイマイチだったけど(←正直なヤツ)、あの現代曲バーバーの後に弾くノクターンはすごく良かったよ、と、彼ならではの感想を言ってもらえた。「バーバーのソナタも良かった。ボク、あんまりあの曲知らなかったけど、すげえいいね。」と。

 何だか夫のこの一言は、日記にも書いていないのに、すごく印象に残っている。他の人たちからもらったコメントはそれほど覚えていないのに。やっぱり、一生を共にすることになる人物と言うのは、その時はたいして意識もしていないのに、何かと心に残っているものなのだ。不思議である。それから随分経って、夫と付き合いだしてから、「実はあのリサイタル、聴く前までは正直、プログラム的にも全然興味なくて期待していなかったし、留学したって言ったってと、多少バカにしてたんだけど、でも良かった。弾けるヒトなんだと思ったよ。」と暴露された。う〜ん、面白い。

 終わってから私は、舞台の上から皆さんに挨拶のスピーチをしたのだけれど、これがまた、割れるような拍手をいただいて、感激してしまった。アキカさんは私の演奏会に聴きに来られなかったのだけれど、後日ビデオを渡したら、カオルちゃんのスピーチが素晴らしかった!立派になったねぇ…。と、まるで母親のように言ってもらったのが忘れられない。

 無事に全てが終わって、私は高校の友人たちや、先生方との打ち上げに顔を出した。皆、すごく喜んでくれていて、と言うか、私の気取ったステージでの振る舞いに、皆、大爆笑をしていて、ほんとに昔の仲間っていうのはアホでいいもんだよな〜と、私も一緒に笑った。高校時代の彼ももれなくそこに居て、私の舞台が無事終わったことを喜んでくれていた。

 そしてよっちゃんは、ステージが終わるやいなや、楽屋に飛んで来て、一言「感動した。」と言ってくれた。あの辛口が、そんなことを言ってくれるなんて、私は心の底から嬉しかった。ブリュッセル四年間の成果が出し切れて、本当に良かった。Mr.カワソメからは、「曲の完成度も高かったし、だてに四年も留学してないな、という感じだったよ。」とお褒めの言葉をいただき、感激のあまり卒倒するかと思った。近所のおばちゃんたちは、「現代曲が、あんなに素敵だなんて。」と言ってくれたり、コヤマ君の話では、後輩たちは、「留学しただけであんな風な演奏ができるようになるのかな〜。留学したいな〜。」と言ってくれていた模様である。

 私は終わった安堵感と共に、心の底から感謝をしていた。両親、妹、そして来ていてくれたであろう、亡きおばあちゃんと師匠のてっちゃん。そして全ての、応援してくれた皆様方に。

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