« 百二十五 サントリーニへ | トップページ | 百二十七 最終回 帰国 »

2017年7月17日 (月)

百二十六 帰り支度

 ギリシャの陽気な太陽の下で、すっかりブリュッセルへの未練を断ち切れた私は、着々と帰り支度を始めていた。母からの電話でも、最後の最後まで、コンセルヴァトワールを中退することについて気にかけてもらったが、そんなことはもう念頭にはなかった。

 いいのだ。私は日本で頑張るのだ。なんだか、試験曲ばかりに追われる生活にも、疲れてしまった。この先もう二年、暗いブリュッセルで踏ん張って持ち曲を増やすよりも、新しいことにチャレンジしてみたい。リサイタルもやりたいし、もっと色々なコンクールにも出てみたい。私はそんな風に思っていた。

 帰って来ると、生徒の親御さんたちや、ユキたち友人一同から、送別会を開いてもらった。生徒たちとは、アンティーク調の、お洒落で美味しいイタリアンへ。ユキたちとは、仲間内でよく行ったカフェで、Mr.ミタ、ヤザワ選手、さとこっち、シホちゃん、キョーコちゃん、トッコとその彼、アキエちゃん、リョーコちゃんら、たくさんの友人たちが集まってくれる。来られなかったキボウちゃんとは後日、個人的にお別れ会を開いた。ユキとトッコは出発の日、見送りに来てくれると言ってくれて、嬉しかった。この時にもらった、クリスマスの可愛い飾りを今でも大切にしている。大事な想い出である。

 オリビエたちと最後にボーリングに行ったりもした。エヴァとよっちゃんは相変わらず、道を歩く時も腕を組んだりして、仲良しであった。彼らと離れるのは寂しい。電話会社のベルガコムと、私は最後まで反りが合わなくて、間違って三日前に電話を切られてしまったので、オリビエに電話を借り、国際電話でいろいろなやりとりもさせてもらった。エヴァには私の持ち物をたくさんあげたが、お礼にと言って、彼女は花束をプレゼントしてくれた。まだ十歳にもならない子どもが、何という大人っぽいことをするのだろう。私はきっと、彼女のママのベンチュラが気を利かせたのだろうと思って、「ママにもありがとうと言ってね。」と言ったら、「c'est pas Ventura, c'est moi !!(ベンチュラじゃないわ、私からよ!)」と言い返されて、びっくりしたと同時に、感動したものである。

 フランス語を教わっていたバージバン先生には、最後のレッスンにて、今度ベルギーに来る時はうちに泊まりなさい、と言っていただいた。何年か経って私は、夫と一緒に先生のところへ訪れている。そして先生は、フランス語でさようなら、「au revoir(オールボワール)」とは、再び会いましょう、と言う意味でしょう。と言って、ウインクしてくれた。嬉しかった。私たちは笑って、再会を楽しみにお別れをした。

 和声のメルクス先生にも挨拶しに行った。他の学生もちょうどいない時で、ゆっくりお話しできて良かった。住所交換をし、「東京に行くことがあったら電話をするぞ。アキカによろしく。」と言われる。それ以来、先生がどうしていらっしゃるかがわからなくて気になっている。今もなお、現役で、パリのマレ地区あたりをブラブラしていらっしゃるのだろうか。大好きな優しい先生であった。ぜひ一度、お会いしたいなと思っている。

 アシスタントと、コルニル先生には、その翌々日にご挨拶に行った。またベルギーに来たらレッスンをお願いします。と言ったら、もちろんだとおっしゃって下さり、色々な話をする。コルニル先生は私が勉強を続けたい気持ちをわかってくれていて、日本でもプロフェッサーがいるのか、尋ねてくれた。先生のところへは、帰国後も実はこれまた、夫を連れて一緒にレッスンに伺っている。いつも優しく、時には厳しく、帰国後も、リサイタルやコンクールなどのプログラム相談に乗っていただき、温かく親切な方だった。この先生がいらっしゃらなかったら、私の楽曲に対する分析力はつかず、感性のみに頼っていたかもしれない。毎回、ダメ出しされて厳しいレッスンだったけれど、本当にためになったと思う。merci beaucoup.ありがとうございました。

 そして借りていた半地下のピアノは、出発二日前に旅立って行った。

 ピアノを出すには大きなトラックが家の前に停められなければならないので、私はコミューン(役所)か警察かで手続きを取り、お金を払って、1日中、うちの目の前に看板を立ててもらい、他の車が停めてはいけないようにしなければならなかった。ヨーロッパでは道路に縦列駐車するシステムになっているのだが、これがベルギー人たちの守らないこと、守らないこと。ひどかった。仕方がないので、私たちは外に出て、追い払い作業をしなければならなかった。停めちゃダメだと言っても、彼らは平気で「2 minutes !(二分だけ!)」とか言って、いなくなる。で、実際、二分どころかずうっと戻って来ない。中には、「一体何に使うのよ?」と逆ギレする奴もいた。信じられませんね全く。そしてついに私は、一台の黄色い車をレッカー移動した。可哀想だったが、仕方ない。三時間も堂々と停める方が悪いのだ。

 四年間お世話になったピアノは、やっと夕方になって業者がやって来て、トラックに積み込まれ、ドナドナとなった。荷馬車が揺れる〜。の、アレである。ちょっぴり寂しかった。ピアノがなくなって一番びっくりしたのは、猫のプーすけであった。ピアノの上で寝るのが好きだった彼は、しばらく戸棚の中でいじけていた。

 そして、出発前夜。

 片付けがひと段落して、少し一休みした後、私はオリビエ一家とお別れをした。

 セルジュとベンチュラの二人は、明日の朝、出かけてしまって挨拶ができないからである。

 オリビエは、明日の朝食を一緒にとろう、と言ってくれて、エヴァときたら、まだ明日があるというのに、早まって涙目になり、「カオル、さよなら。」と言って、皆に大笑いされていた。でも、私も涙が出そうになってしまった。

 カオルは、何で帰っちゃうんだー!と言うエヴァ。本当だね、私はどうして帰ってしまうんだろう。寂しいよ。よっちゃんとも、しばらくは別々の家で暮らすことになる。日本に帰ったら、私たちはどうなるんだろう。そんなことは、誰にもわからなかった。知っていたのは、その時空の上から見ていた私の娘、なっちんのみである。

 明日は、四年間住んだベルギーのこの部屋とも、いよいよお別れの日。想い出の詰まった半地下の、薄暗い部屋のベッドに横たわりながら、私は静かに目を閉じた。

(次回、最終回です。)

« 百二十五 サントリーニへ | トップページ | 百二十七 最終回 帰国 »

留学生活」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/605244/65480777

この記事へのトラックバック一覧です: 百二十六 帰り支度:

« 百二十五 サントリーニへ | トップページ | 百二十七 最終回 帰国 »

フォト
無料ブログはココログ