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2017年8月 5日 (土)

続編五 音楽教室に落ちる

 時は二〇〇〇年。

 新年明けて、妹ユリコは成人式を迎え、私はよっちゃんと甲州七福神めぐりをしたり、ミュージカルライオンキングを観に行ったりと、楽しい時を過ごしていた。この年は、ユリコもようやく薬科大学に合格することになる。ブリュッセルの友人、ミタ氏が一時帰国をして、カワイの表参道店でコンサートをすると言うので、よっちゃんと共に聴きに行ったりもした。日本で会う私たちは、幾分雰囲気も変わったらしく、「二人とも絵になっとるよ」と言われたりして、再会を喜んだ。私は年が明けた頃から、だんだんとリサイタルへのプレッシャーが増してきていたが、相変わらずよく遊びよく学べの毎日であった。

 お見合いの君の、友人ご夫妻にも会った。とても良い人たちだったのだが、私にはこの奥様の方が、全く気が合わなさそうでどうにもならなかった。試しに彼に、彼女はどういう人なのかと訊いてみたら、ええ、いい奥さんって評判ですよ、料理はうまいし、健康だし。と言う返事が返ってきて、唖然とした。何だ、その答え。いい奥さんって、そういうものなのか。だとしたら、私は全くダメじゃあないか。料理も嫌いだし(うまいけど)、虚弱っキーだし。と言ったら笑われたのだが、なんだかサラリーマンの「普通と常識」を垣間見たような気分がして、私にはやっぱりムリだ…と密かに思ったのを覚えている。

 私は毎日本当によく遊んでいたが、ピアノの練習も忘れなかった(つもり)。しかし母は、こんな奔放な私を心配して、大丈夫なの、ピアノはちゃんと、弾けているの。最近あんまりな様子だけど…と、うるさい。誰の監視下にもなく、自由な一人暮らしだったベルギーが懐かしかった。自分には、自分のペースっていうものがあるのだ。でも今日記を読み返しても、おいおいカオルさん、ちったあ、ピアノ弾いとけよ。と思ったりするので、母が正論だったとは、思うけど。

 仕事の方は、まず母校の音大附属の音楽教室を受けることにした。

 説明会に参加し、二月に入って試験を受けた。

 スタジオにて、モーツァルトのソナタを全楽章弾く。選曲に悩んだが、Mr.カワソメいわく、スクリャービンなどは子どもには刺激が強すぎるからやめとけ。だそうである。私は笑い、正統派で勝負することにした。

 当日はよく知っている先生方が審査員として聴いて下さる。後から聞いた話だと、人前でモーツァルトを弾くのは至難の技なのに、あえてそれを持って来たとは、相当自信があるんだな、と楽しみにしてくれていたらしい。アナタが古典を弾くなんて。よく勉強して帰って来たわね。いい点つけたわよ。と褒めていただく。ちょっと嬉しかった。そして三日後の面接。私は、意地悪な、踏ん反り返った教授たちにズラッと囲まれ、ガラにもなく緊張して質問にうまく答えられず、しどろもどろだった。

 結果は、不合格。

 通知が届いた時、思わず「えーっ、そりゃないよ」と叫んだ。

 マジかー。母校の音教で雇ってもらえないとは、この先私はどうすりゃいいんだ。

 その時は、その結果について先生方が、ピアノは他の受験者がもっと大きくて派手な曲を弾いたからどうの、面接でモジモジしてたからどうの、私の点数は四番目で、三人しか採用しなかったからどうの、などと話を伺ったが、今なら私にはわかる。

 良かったのだ。私は、大学で働くのは性に合わない。

 大学に限った話ではない。私のような気質の者には、誰かに雇われて、そのシステムの中でやって行くのはとうていムリである。たぶん、途中でストレス爆発して暴走して、解雇されるのがオチだ。昔、亡くなった恩師てっちゃんに、「アナタのような自由な子が、学校でなんかやっていられるわけがない。」と言われたことを思い出す。

 きっと大学は私のそんな偏った性質を見抜いて、最初から蹴ったのだ。それで良かった。私はもう二度と、どこの音楽教室の採用試験も受けようとはしなかった。私は誰でも、自分の持って生まれた能力や才能を、人々に分け与えるために生まれて来るのだと思っている。どんな小さなことだっていい。その人にしかできない大切なことが、きっとある。私は、今まで経験したことを、こうして自由な自分の教室という環境の中で、生徒たちと一緒に生き生きと楽しみながら分かち合うために存在しているのだ。たぶん。

 その時はわからなかったことが、少し時が経ってみるとわかる。本当に人生とは面白い。

 そしてとりあえず目の前の職を失った私は、五月のリサイタルに向けて専念することに決めるのである。相変わらず、遊んではいたけど。

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