« 続編二 夫との出会い | トップページ | 続編四 高校時代の彼、そして夫たちとの飲み会 »

2017年8月 3日 (木)

続編三 仕事探し

 昭和祭も終わり、時はあっという間に十一月。日本の時間の進みは本当に早い。

 私はとにかく、少しでも仕事がないかなぁと思っていた。もちろんリサイタル準備のためにピアノはさらわなくちゃならないけど、稼ぎも欲しい。相棒のよっちゃんの方はと言うと、とりあえず実家のお店を手伝いながらしのいでいた。お店が休みの平日に、私たちは会っていたのだけど、そんなある日、ベーカリーレストランのサンマルクにフラッと入ると、ピアノの生演奏をやっていた。

 よっちゃんと私は沸いた。こりゃあひとつ、自分のプロフィールでも書いて、売り込んでみようか?彼いわく、身ひとつで帰って来た時にゃあ、ミカン箱の上でパフォーマンスをやるくらいの勢いでスタートするがよし!と言うことである。私は笑って、店のアンケート用紙の裏に自分のプロフィールを書いて、店長に売り込んだ。店長さんは良い人で、空きが出たら電話をくれると言う。おおー、何でもやってみるもんだ。友人たちに言ったら、笑うだろうな。これは後日、本当に店長から連絡が入るのだが、その時はすでに私もだいぶ生徒たちが増えていたり、演奏で忙しくなっていたりして、周囲の反対もあり、結局断ってしまった。でも、仕事があれば何だってやる、という気持ちは、当時の私の基本姿勢だったと思う。

 けれども、音楽関係以外のアルバイトはするつもりはなかった。私が欲しかったのはお金でなく、(まあ、欲しかったけど)自分がこれから活動を広げていくための仕事だった。その気持ちは、留学から帰って来たら、ほとんど誰もが同じだと思う。そして、そんな私に一番初めに仕事をくれたのは、先輩のアキカさんであった。彼女は、自分の生徒さんたちを引き受けてくれないか、という話をしてくれた。確か、仕事が一杯一杯で、レッスンしきれないようなことを言っていたと思う。私は飛び上がって喜び、感謝感激で引き受けた。その後、音大を狙っている彼女の生徒さんたちが何人かやって来たり、彼女の留守を預かって、レッスンしに行ったりと、私は金銭面が助かっただけではなく、教える勉強もさせていただいたと思う。

 そんな中、近所の方の紹介で、ピアノを習いたいと言う女の子がやって来た。当時四才の、アヤカちゃんである。彼女はピアノが上手く、大変賢い子であった。これが記念すべき、この教室の生徒、第一号。私はよっちゃんと相談して、教室名を現在の「クラシックピアノクラス」に決め、東急ハンズで黒い看板を五千円で作ってもらい、一人、また一人と生徒が増えていった。この看板は今でも使っているので、もう十七年近くになる。途中、買い換えようかなと思ったのだけれど、なかなか年季が入っていてこれもまあ、カッコイイかなと、そのままにしている。あのハンズのおっちゃん、ずうっと持ちのいいものを作ってあげるよ、と言ってくれたのだが、本当だった。ありがとう、おっちゃん。

 私は、ポツポツと仕事が入りながらも、リサイタルを五月に決め、いよいよ会場を予約する。嬉しさと緊張を抱えながら、翌日に大学へ行き、来賓教授ペルティカローリ先生の公開レッスンに顔を出して来た。その時にこの間の部長君、いわゆる現在の夫である、コヤマ君に会う。彼は公開レッスンのピアニストに選ばれた学生だったのだが、私は彼の出番を聴き逃してしまった。彼には学祭の打ち上げに参加できなかったことを詫び、いいよいいよ、また今度、年末の飲み会にでも顔出して下さいよ〜。と言われて帰って来た。

 私はこの時、夫のことはサッパリ、眼中にはなかった。彼だってもちろんそうだったと思う。その代わり、またもや新しい君が現れたりして、事態はますます混乱状態に陥るのである。

 ここからが私の、夫と付き合い出すまでの、波乱の二年間の幕開けであった。

« 続編二 夫との出会い | トップページ | 続編四 高校時代の彼、そして夫たちとの飲み会 »

ピアニストMama♪ 続・留学白書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/605244/65500728

この記事へのトラックバック一覧です: 続編三 仕事探し:

« 続編二 夫との出会い | トップページ | 続編四 高校時代の彼、そして夫たちとの飲み会 »

フォト
無料ブログはココログ