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2017年8月28日 (月)

続編二十八 カウントダウン

 帰って来た私は、時差ボケというよりもドッと疲れが出て、留学と旅行との差を思い知らされた。何というか、疲労の仕方が違う。ギュッと凝縮されたみたいだ。それに加えて今回は、ほぼ私の全身全霊をかけての旅だったので、クタクタになってしまった。とりあえずはこんこんと昼過ぎまで眠って、重い腰を上げてよっちゃんに電話を入れた。彼は、私の旅行中は確か、九州にヴァカンスへ行っていたはずである。

 彼は案の定寂しがっていて、いじけて電話を切った。私は一気に不安が押し寄せる。私のことを大切に思ってくれている、この人と別れて本当に良いのか?自分の気持ちを信じて、本当にいいのか。でもやっぱり、いつ終わるかわからない人生を、自分の気持ちに正直に生きてゆきたい。失敗したって構わない。いや、だいたいにおいて、私は失敗するかもしれないと考えて動いたことはない。まあそれなりに計画はするけど、基本的に、父親譲りの無鉄砲なのだ。

 私は、今やるべきだと思ったことを悔いなくやり、走り続けてきたけれど、迷いぶつかりながらの人生の中で、ずっと私が探してきた人に出会えたような気がした。少女の頃、電車の窓の外を駆け抜ける景色をぼんやりと見つめながら、私の結婚相手は今この世のどこかに生きているのかなあ、どこにいるのだろう。と思っていたけれど。私はずっと、彼を探してきた。この人を大切にしたい。でも、私たちの間にはまだ何も確かなものはなかった。おまけに一緒になったところで、お金もないし、安定もない。周囲にも、両親にも、それはそれは真っ先に反対されるであろう。でもこの時の私には確かに、何か説明のつかない、確信と自信めいたものがあった。それが何だかということは、天で見ているなっちんしか知らない。そして彼女には申し訳ないが、私たちはゆっくりゆっくりと、前へと進んだ。

 帰国して二日後、まずはコヤマ君と私は、念願のお寿司を食べに行った。もうずっと、帰ったら寿司寿司!と二人して騒いでいたのである。そして寿司を食べ終わった彼の口からは、やっぱりミヤっさんとは付き合えない、と言う言葉が出た。何故だかはわからない。でも全然めげない私。そりゃそうだ、私には強力な助っ人、これから生まれて来る運命にある、なっちんがバックについている。

 そしてさらにその二日後、私はよっちゃんに会って、お土産を渡した。二人で横浜へ行き、奈良先生の演奏会へ、大倉山へと向かう。私の気持ちはここでグラついた。よっちゃんは優しい。言い出せなかった。全くもって、タイミングなどなかった。とりあえずこの日は何事もなく帰宅。事はのらりくらりと、進んで行く。

 その頃から私は、どっちみち家を出るためにまず車の購入を検討していたので、仙台の彼(カーキチである)に付き合ってもらって、中古屋巡りをしていた。途中、コヤマ君から、今ヒマ。ご飯食べない?とメールが入って、せっかくのお誘いなのに断るしかなく、ガッカリする。

 そして日々はカウントダウンへと、着実に進んでゆく。幼馴染みの三人で気晴らしをしたり、コヤマ君とデートしたり、仕事あがりに珈琲屋のみんなとおしゃべりをしたり。

 そして次の水曜日になった。その日はいい天気だった。私は午前中に珈琲屋へ行き、十二月に予定している演奏会で組む、ソプラノ歌手のユミちゃんからプロフィール写真を受け取り、カウンターのコヤマ君ともお喋りをしてから、駅へと向かった。

 その日は、よっちゃんとNHKコンサートへ行く日であった。その前によっちゃんは、埠頭にあるマンションを見に行こうと言い出す。

 私はこの日も、何の心構えもせずにいた。まだこの日に彼と別れようなど、思ってもみなかった。でもそれは、何も決心する必要などなかった。自分の心に正直に、そして時の流れに身を任せていれば、自然と決着のつくことだと、その時の自分には知る由もなかったのである。

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