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2017年8月11日 (金)

続編十一 エヴァ来日

 二〇〇〇年、八月十五日。ベルギーから一人、飛行機に乗って、十才のエヴァがやって来た。彼女は毎夏、スタージュ(合宿のようなもの)に各国へ行っていたから、一人旅には慣れっこである。添乗員さんに付き添われて、長いフライトを存分に楽しんだらしく、元気一杯にゲートから顔を出した。

 私よりも背が高くなったエヴァは、ずいぶんお姉さんになり、いっそう可愛らしくなっていた。が、中身は全く変わっていなかった。図体がデカイし、顔立ちも大人びているので、はたから見ると十五才ほどに見えるが、始終後ろからケリを入れてきたり、よっちゃんに肩車してもらって大はしゃぎしている彼女は、周囲の人々をギョッとさせた。異様な目で見ているおばさま方に向かって、よっちゃんは「いやぁ〜、この子、まだ十才なんですよ〜。」と言ってまわらなければならないほどであった。こんなにおてんばで、やんちゃ盛りのエヴァだったが、彼女が実際十六才頃になって再会した時には、もうすっかり落ち着いてしまっていたので、何だかホッとしたような、寂しいような気持ちになったものである。

 とにかく、彼女に「時差ボケ」などと言う文字はなかった。

 暑い日本にもめげず、夏バテなどにも縁がなく、はしゃぎどおし。見るもの全てが物珍しく、日本の街並みは美しい!と叫んでいた。そうかな?ヨーロッパの方が、景観は素晴らしいのに。そして、コンビニに入っては、Oh〜!エアーコンディショネ!(エアコンのことね)と言って感動し、駅でティッシュ配りの人を見てスルーする私を見ては、「その方がいい。どうせ、お金を取られるからね。」と言って偉そうに頷き、タダだよ?と教えてあげると「何故もらわないんだカオル!」と言って、いっぱい受け取りに行っていた。

 エヴァはほとんど我が家に泊まることになったので、私は彼女が来るまでの間、実家の片付けに必死だった。七月は、たいていが片付けとリフォーム作業に追われた。エヴァの寝る部屋にもベッドを置いて、整えてやらねばならなかった。そんな忙しい私に、高校時代の彼は寂しん坊となり、それからお見合いの君とはこの頃すでに、かなりご無沙汰となっていた。高校の彼には一度、プロポーズしてもらっているのだが、なんやかやと誤魔化してしまった。申し訳ない。彼とはケンカが大変多く、仲良しの時とそうでない時のギャップが激しかった。だからちょっと、躊躇してしまっていたのが本音である。

 カンのいいよっちゃんには、「ちょっとカオルちゃん、ウワキしてる場合じゃないよ!二年後、結婚するからね!」と言われて、超驚いている私。すげー。やっぱりこの人、ただものじゃないな。まあ、私がわかりやすいんだろうけれど。でもとにかくその夏は、エヴァの接待で、よっちゃんとガッツリ、スクラムを組んだ。私の両親とユリコはエヴァを大変可愛がり、ユリコの彼氏であるぶんちゃんと、その妹のトモちゃんとも、エヴァは大の仲良しとなった。トモちゃんとは年も離れているのに、まるで大親友のように、日本語とフランス語とで会話をしていた。

 一度、草津に、みんなで旅行に行ったのだけれど、この時、私の父とよっちゃんの折り合いが悪く、散々な結果になった。どちらが悪いわけでもなかったが、大ゲンカとなってしまったのである。まさに、性格が合わないとは、このことである。でもそんな時も、エヴァとトモコは一向に構わず、二人で辞書を見ながらクスクス笑っていた。

 エヴァは体力が有り余っていたので、毎日いろいろなところに連れて行ってやった。大山でケーブルカーに乗って滝を見たり、水族館に行ったり、隅田川の花火大会に行ったり。浴衣を着せてもらって大喜びし、書道をしたり、百円ショップでたくさんお土産を買い込んだりしていた。彼女はおてんばだったけれど、本当は美味しくない食べ物を「美味しい」と言って気を遣いながら食べたりする、ちょっと大人びたところもあったりした。ヨーロッパの子どもらしい、気配りである。「実はね、カオル…」と言って、後でそっと教えてくれた。でも、我が家で食べる料理はどれもお気に召したようで、特にお米が大好きで、上手にお箸を使いながら、美味しそうによく食べていた。

 よっちゃんと私は、最後に、エヴァがどうしても見たいと言っていた相撲の稽古場に連れて行ってあげたのだけれど、それはそれは大喜びで、前日の夜は興奮のあまりに一時頃まで寝なかった。朝稽古の見学だったのだけれど、その間、彼女の目は輝きっぱなし。いいお土産になって良かった。そこでご馳走になった、ちゃんこ鍋がまた美味しくて、その後、お相撲さんと一緒に写真を撮ったり、サインをもらったりして、彼女は大満足であった。

 最後の夜、彼女は私と、暗い天井を見つめながら、布団の中でこっそりと語り合った。また、エヴァが二十歳になったら日本へおいで。その頃はもっとお姉さんになっているだろうから、京都へも行けるし、きっともっと違った目で楽しめると思うよ。そう言うとエヴァは小さな声で、「Oui(うん)」と言い、日本から帰りたくない、と言った。

 可愛いやんちゃなエヴァは、二週間ほど滞在して、八月三十一日、またあの寒いブリュッセルへと戻って行った。その間、帰りたくないと言い通しであった。

 が、我らは、彼女という台風が去った後、やって来た静寂の幸せを噛みしめながら、よっちゃん共々、ノックアウトした。相当疲れた。彼女がいなくなったのは寂しかったが、それでも自分のペースで動けるのが、こんなに幸せなことだったなんて。と、日記には書いてある。何年か後になって、我が娘、女王なっちんがこの世にやって来てからは、再度、いかに今までが自由な時間だったのかと、痛感させられることになるのだが。

 エヴァに次に会うことになるのは、夫と一緒に行ったベルギーでとなる。二度、渡欧しているから、彼女が十一才の時と、十六才の時だったと思う。

 今はもう、彼女も二十六、七。ずいぶん会っていないが、美しくなっているに違いない。そして多分、彼女は両親と同じように、医学の道を志しているはずである。たまにメールをするが、カオルはいつ、ヨーロッパに来るんだと言われている。お父さんのオリビエは、その後ベンチュラと離婚し、直後に傷心の旅で来日して、私と夫の新居に泊まりに来ている。ベンチュラといえば、新しい夫と最近、日本へ遊びに来た。

 そのように、実に自由なヨーロピアンスタイルの、エヴァ一家。

 彼女が去ってから、私はホッとして、今度は逆にヒマになり、何だかものすごく悩むことになってしまうのである。
 

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