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2017年8月16日 (水)

続編十六 珈琲屋での演奏会

 暑い暑い、梅雨明けの七月。

 私は、実家の庭で、トマトの栽培に追われていた。暑くてピアノをさらう気になれず、伸びるトマトと格闘しながら、プールに行ってリフレッシュしていた。ああ、何て呑気な午後。トマトまではいいけど、平日プールなんか行って泳ぐことなど、今はなかなか出来ない。時間があるって、素晴らしいことである。

 それでも時間はたっぷりある、と思っていたのに、気が付いたらもう、演奏会の時間になってしまった。七時より、珈琲屋へ。その日は後輩のコヤマ君らの演奏会であった。ヴァイオリンに、歌に、ピアノソロ。誰が演奏したのかは忘れたが、はっきり言って、ピアノソロ以外は全然よくなかった。

 コヤマ君はこの時、バッハを弾いたのだけれど、すごく上手くて感心した。私にはなかなかあんな風に、整然としたバッハが弾けない。彼の中には理性的ながらも、内に秘めた芯の強さと、遊び心が流れている。感心したと同時に、私は彼の音楽をすごく大事にしたくなってきて、「良かったよ!」と言って、ポケットに千円札を一枚、押し込んだ。え〜、いいよいいよ。と彼は言ったけれど、結局嬉しそうに受け取ってくれた。確かこのコンサートは、感動した分だけを寄付するような催しで、空き缶が置いてあったような気がするが、私は、気に入らない他の演奏者には渡すもんかと思い、直接彼に受け取って欲しかったために渡したんじゃないかな、と思う。

 その日、確か演奏会が終わってから最後に余興として演奏をしていた、モリ君と言う男の子にも出会った。背の高い、一九〇センチはあるであろう、ハンサムな彼。彼の奏でる音楽もまた、異色で、独特の音色を放っていた。実に繊細な演奏家であり、ユーモア溢れる会話の持ち主である彼とはその後、大変仲良くなり、今でもホームパーティーの時には一家に一台的な存在である。そう考えてみると、本当にこの珈琲屋さんでは、たくさんの貴重な出会いがあったものである。今はもう閉店となり、最近さら地になってしまったのが惜しまれるところだ。

 さて、この日を境に、私の心の中には、音楽を愛するピアニスト、コヤマ君が少しずつ宿るようになった。高校の彼と会っていても、何となく落ち着かない。さすがに、大御所であるよっちゃんといる時はそうでもなかったが、夢の中によくコヤマ君が出てきているから、やっぱりその存在感は日に日に大きくなってきていたのである。彼はよく私にメールをくれて、これから仙台へ一人旅するんだと言っては、楽しそうに報告をしてくれた。

 でもそれはまだ、私にとって彼は、弟のようにフワフワと心地の良い存在で、恋愛対象なのかどうかは全く確信が持てなかった。そして彼の方も後日、「ミヤっさんて、お姉ちゃんみたい。」と言っているから、多分お互いに同じように思っていたのだろう。実際、彼の一番上のお姉ちゃんと私は同じ誕生日であり、初めて彼の家族に紹介してもらったのも、偶然こちらに仕事で来ていたお姉ちゃんにであった。私は彼と結婚することになり、仲良しの四人姉弟と家族になれたことも、とても嬉しかった。

 私が彼のことをはっきりと意識して、惚れていると自覚してしまったのは、それからまもなく、発表会直前の連弾合わせをした時である。それは私にとって、衝撃の一矢であった。私は思わぬ心の展開に動揺する。そして、私のことなど何とも思っていないであろう、年下の彼に、取って食われるような恐怖心を抱かせることになるんだと思う。たぶん。

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