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2017年8月25日 (金)

続編二十五 二年ぶりのヨーロッパ

 二〇〇一年、十月二十四日。私は、帰国して二年ぶりに、ヨーロッパへ再訪した。飛行機はエールフランス。テロの後だったので何かと難航したが、とにかく我々は無事、パリに着いた。もちろん、同行者はコヤマ君。シャルルドゴールに着いたとたん、私は嬉しくて、幸せに浸る。ああ、懐かしい匂い。懐かしいフランス語。私は何故、日本に帰って来てしまったんだろう!

 パリからは、ブリュッセルに向かう安いタリスのチケット(新幹線)が取れ、南駅に到着したのは夜の九時。限界の眠気であったが、エヴァのお母さんのベンチュラが迎えに来てくれて、無事、彼らのアパルトマンに着いた。エヴァとの感動の再会。疲れていたが、久々にフランス語で大騒ぎをして、私たちのために用意してくれた一室に案内してもらった。もうあの半地下には、エヴァの姉であるシメヌが住んでいたのだ。

 十一才のエヴァは、私にこっそり耳打ちをして、「一緒に来た彼とは別の部屋にするか。それとも同じ部屋にするか。どっちでも、カオルの好きな方を選んでちょうだい。」と、おませな顔をして言った。私は笑いをこらえきれず、とりあえず礼を言って、同室で構わないよ、と答えた。どうせ一緒の部屋に寝たって、私たちの間にはなんもない。コヤマ君は、私との間に恐ろしいほど一線を置いていた。

 ぐっすり眠った私たちは、次の日からアクティブに行動を始める。まずはグランプラスでワッフルだ。食べきれないほどの大きさのワッフルを見て、コヤマ君は仰天する。それからコンセルヴァトワールと、日本食屋。彼は、日本では見せたことのないほどのはしゃぎぶりで、どこへ行ってもウキウキした様子だった。そんなに喜んでもらえるとは、連れて来た甲斐があると言うもんである。良かった。

 でも、様子が変わったのは彼だけではなかった。私は、夕ご飯に美味しいムール貝屋へ行き、その帰り道を歩きながら、心の中が徐々に満たされてゆくのを感じていた。

 この感覚はなんだろう。私はやっぱり、ヨーロッパでの方が基本的に、性に合っているのかもしれない。そんなことをぼんやり考えていたら、コヤマ君にも「ミヤっさん、日本にいる時よりもこっちの方が、断然ハマってるよ。」と言われて驚いた。

 そうか、やっぱりなァ。この、妙なリラックス感は、一体どこから来るんだろう?と思っていたが、たぶん、日本にいる時、私は無意識に気を遣って、猫をかぶっていたのだ。それに比べて気楽なのだ、ヨーロッパは。そりゃあ確かに、四年も住んだ私には、欧州で暮らす大変さも、日本で暮らす快適さも知っているのだが。でも、久しぶりのヨーロッパは、まさに水を得た魚のようであった。そしてそんな素顔の私を、コヤマ君に見せることができて本当に良かったと思った。

 コルニル先生にはランデブーを取ってあったので、久しぶりに先生のお宅を訪問し、彼と共にレッスンをしていただいた。自分が何を弾いたのかをサッパリ忘れてしまったのだけど、彼がショパンのワルツをみてもらったのは覚えている。先生のレッスンを終えてから、私たちは懐かしい友人たちと会食をした。トッコちゃんとその彼、キボウちゃん、シホちゃんと、ロナルド。ユキはその頃、もう日本に帰国していたから居ない。新しいトッコの部屋は素敵で、料理好きの彼女らしい、充実したキッチンが付いていた。彼女には、その後二度目に訪れた時にも大変世話になっている。

 楽しく、懐かしいブリュッセルでの数日は過ぎ、そしてお次は、私のフランス語の先生、マダム・バージバンの住む、のどかな田舎町へと向かうのである。
 
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十一才のエヴァと、ベンチュラ

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