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2017年9月 1日 (金)

あとがき

 ピアニストMama留学白書、そしてその続編と共に、私の拙い文章を、これまでご一読下さった皆様、応援していただきました皆様、本当にどうもありがとうございました。

 自分の、ベルギー留学生活四年間については、以前からずっとまとめてみたいと思っておりましたが、今長い年月を経てようやく書き上げることができました。実は昔、一度だけ執筆にかかったことがあるのですが、仕事や子育てなどの日々の忙しさにかまけて挫折してから、その想いだけをずっと持ち続けながら、現在に至りました。

 生活も徐々に落ち着き、可愛い娘や生徒たちに囲まれる今、そうだ、そろそろ書いてみようかな。とある日突然思い立ち、初めは、まずは生徒だけに楽しんでもらおうかと思っていたのですが、もしかしたら、日々私が気楽に書いているブログのように進めて行った方が続けられるのではなかろうかと、立ち上げたのがきっかけです。思わぬところで反響があり、たくさんの友人たちから応援を受け、その声を支えに、毎日書き続けることができました。本当に感謝感激です。

 私はそのうち神様に叱られるんじゃないかと思うほど、自分の思うままに自由奔放に生きて参りましたが、どうせなら現世にいる間に、その悪事も含めて告白してしまおうと、できるだけノンフィクションに綴ったつもりです。たくさんの方々に迷惑をかけながら生き散らかして来ましたが、自分の気持ちに正直に、信じた道を思うままに駆け抜けて来た今、私には、これまた自由で可愛い娘と、素敵な夫、そしてたくさんの個性的で愉快な友人たちに囲まれて、おかげさまで幸せに暮らしております。

 途中、いろいろなことがありました。留学生活を送っている間からずっと、不調の原因だった子宮を摘出することになって、弟妹が産めなくなり、娘なっちんにガッカリさせてしまったこと。乳癌疑惑になって手術し、放射線治療直前まで行ったこと。夫と、これまでの十数年間は楽しかったと振り返られたことなど。まあ、それなりに悩んだ時もありましたが、私は常にまわりの温かい愛情に支えられ、いつも前向きな気持ちでいられることに変わりはありません。

 人生とは、いつ何が起こるかわからない。

 もしかしたら、明日はないかもしれない。

 限りある人生の中で、与えられた生を一生懸命に生き、自分が体験した様々なことを、これから育ってゆく子どもたちの心の中に何かを残してあげられたら。音楽という素晴らしい人類の財産であり、世界共通語であるものを通じて、私が経験してきたことが少しでも、子どもたちの役に立つことができたら。私は、自分がこの世に生きていた証を受け渡して、閻魔様の裁きを受けることができれば幸いに思います。

 私の帰国後の話はここで終わりといたしましたが、その後の私たちの話については、娘が二歳の頃より、日々のブログに綴っております。こちらは多分、私がもうろくして書けなくなるその瞬間まで続けて行くつもりでおりますので、どうぞお時間の許す限り、ご一緒にお楽しみいただければ幸いに思います。

 ピアニストMama♪ http://natsukaka.cocolog-nifty.com/blog/

 最後に、この記を書くにあたって、天国で応援して下さったであろう、私の亡き恩師てっちゃんと、アンリオ先生、私を常に心配してくれていたおばあちゃんと、愛犬ビビと猫のプーすけに。厚く御礼申し上げます。

 たくさんの皆様の、輝かしい未来に。ご健勝とご多幸を心より祈って。

 
 二〇一七年 九月      宮地 薫

 

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