帰国後の出会い

2017年8月 5日 (土)

続編十四 珈琲屋での出会い

 ある日、ふとしたことで、生徒たちの発表会を思いついた。

 そうだ。そろそろやってみようか。小さな会くらいだったら、できるかもしれない。ちょうどあの珈琲屋さんがいい感じではないか。

 私は後輩のコヤマ君に電話を入れてみた。ちょっと相談すると、ボクがお店に話を通しておいてあげるよ。と気のいい返事をもらえる。その時は自分一人でやるつもりでいたのだけれど、後々、彼の生徒さんも一人だけ、一緒に出してもらえないか、と頼まれ、それならば一緒に進行しよう、と言うことになる。おおよその察しはつくとは思うけれど、この話が出てから、私たちは会う回数も増え、お互いに少しずつ惹かれあい…と言いたいところだけど、そこは私の完璧な片思いで、事は進んで行くようになるのである。

 私は何度かその珈琲屋さんのオーナーとお話しをしながら、発表会の打ち合わせをした。彼女は音楽家が大好きなので、夫も大変好かれており、私たちは本当にお世話になっている。彼女の息子のヴァイオリニストあっちゃんは、パリから戻って来て、後ほど私たちと親友になるのだが、彼の買ってきたビールやワインを、夫はバイト仲間たちとこっそり、珈琲屋の冷蔵庫から拝借し、後で呑気なあっちゃんは「あれぇ、確かここに入れといたはずなのに、おかしいな?」と言って首を傾げていた。裏で知らんぷりをしていたのは、悪いコヤマ君たちである。

 この店ではもう一人、親友となる重要人物にも出会う。ロシア留学帰りのピアニスト、がんちゃんである。彼女は夫から紹介を受けたのだけれど、「ミヤっさんに、紹介したい子がいるんだ。怯えたクマのような目をした子でね。いい子なんだよ。」と言われたのが大変印象的である。背の高い、大柄のがんちゃんは、彼の言う通りに気のいい目をした、豪快によく笑う女の子であった。彼女とは今もなお、ピアニストのマリコと共に、仲良し続行中である。本当にこの店は雰囲気の良いところで、ついつい長居したくなってしまう場所だった。私はよくここに入り浸り、いろんなお客さんと話をしたものである。

 私はそれまでのマッカーサーに代わって、何となしにくつろげる場所が出来たのだけれど、一方で、高校の彼氏とはケンカ三昧で、仲直りを繰り返してはぶつかっていた。後半はほぼ、会うたびにケンカになっているから、同級生というのは大変である。仲の良い時はすごくいいんだけれど、いちいち消耗してやっていられない。大学時代にも一度、ケンカの多い彼と付き合っていたことがあるんだけど、もうこの年になるとなるべくならば、要らぬ体力は使いたくない。

 そして私は実家でも、両親との同居に限界を感じていた。母はちょうど体調が不安定な時期だったようで、この頃は不機嫌な日が多く、私のような勝手で気の利かない娘に腹をたてることが多かった。いろいろとうまくいかないことが多い時期で、私にとっては、コヤマ君をはじめ新しい友人たちとの出会いは、唯一の心の支えであり、楽しみでもあった。何といっても、音楽をわかってくれる人たちと一緒にいることは、心強かった。もう一度あの頃の生活に戻れるような気がして、ワクワクしていたのかもしれない。

 コヤマ君との初めての打ち合わせと、連弾をしたのもこの時期。六月の下旬である。

 この日は体調が悪くて疲れていたのだけれど、彼との連弾はとっても楽しかった。音楽漬けで、久しぶりに幸せを感じている私。彼はとても多くの曲をレパートリーにしているようで、私は何だか恥ずかしかった。この時はまだ、さすがに気の多い私も、夫のことは好印象ではあったが、心臓に矢までは刺さっていない。けれども本当に久しぶりに音楽を知る男の子に出会って、すごく嬉しかったのは確かである。

 そしてこの月、私はこれまた久しぶりに、大物の演奏会へと出かけた。アリシア・デ・ラローチャ。私の大好きな、ピアニストである。

2017年7月24日 (月)

続編二 夫との出会い

 いきなりドカンと行くけど、このタイトル。でも本当に、帰国してすぐの十日後に、私たちは出会ったのだ。まさに娘なっちんの、さしがねとしか思えない。雲の上から見ていた彼女は私の行動の一部始終に焦りまくって、このタイミングで、どうにかして私たちを引き合わせたのだ。多分ここで出会わなかったら、私たちはこの先も巡り合っていないだろう。縁とは本当に、不思議なものである。

 帰国してから私は、まず師匠たちにご挨拶をした。Mr.カワソメには、今後のことについて色々アドバイスをしていただいた。さすがは大先輩である。奈良先生は、この時ちょうどお忙しそうで、それどころではないと言った感じであった。大好きなアキカさんにも、連絡を取った。早く会いたくて仕方がなかった。彼女には、仕事の方もたくさんいただき、本当にお世話になる。

 さて、十月二十八日、木曜日。

 私は母校である、昭和音大のA306号室へ行き、ピアノを触らせてもらった。ヤマハのそれは思ったよりも良くて、部屋も広々としていた。ここで授業も受けたことのある、懐かしい教室である。昨年に弾かせてもらう予定だった学祭でのピアノを、カワソメ先生のはからいで、今年に持ってきていただいたのだ。

 学生たちは、皆忙しそうに学祭準備をしていた。その教室は、例の「ピアノ愛好サークル」の持ち部屋で、私は三日後の本番のために試弾に来た、というわけである。部長さんを探したが居らず、他の部員たちは、そのうち来ると思います、と言っていたので、私はピアノを弾き続けていた。

 そうこうしているうちに、「部長さん」はフラッとやって来た。

「あ〜、どうも、ミヤチさん?よろしくお願いしますぅ。ピアノ、適当に弾いてっていいからね。ミヤっさん、ベルギー行ってたんだよね?いいな〜。楽しかったぁ?あ、ボク、部長です〜。学祭、よろしくね〜。」

 みたいな会話を、多分したと思う。

 痩せて背の高い、飄々とした風貌の部長。彼は大学四年生であった。第一印象は、何だこの子。変わった子だなぁ。相当面白い奴か、相当ヤバイ奴か、どっちかだなぁきっと。というものだった。

 何度か言うけど、私は一目惚れというやつをしたことがない。どちらかと言うと、一言惚れならばある。これが、私と夫との出会いだった。そしてこの後、ちょくちょく会う機会はあったものの、ずっと先輩後輩の関係が続いていた。私が好きだとはっきり意識したのは、この日から二年後のことである。

 昭和祭での演奏は、日本に帰って来てからの初めての演奏だったせいか、結構緊張していた。どんな小さな本番も、もちろん大きな本番も、きちんとした演奏で出たい、という心構えだったせいかもしれない。

 モーツァルトのソナタと、アンコールにスクリャービン。三日で仕上げたわりには、まあまあ、まともに弾くことができた。この時、お見合いの君も聴きに来てくれたのであるが、「部長さん」は、誰だあいつ?と首を傾げていたそうである。その時はまだ、帰国リサイタルのプログラムも決まっておらず、やっぱりモーツァルトを入れようかなぁ、と迷っている。夫が、なかなかチャーミングなモーツァルトだったよ、と言ってくれたのが印象的だった。本人、あんまり覚えてないと思うけど、縁のある相手との出会いの日とは、意外と細かいところまで覚えているもんである。ここに書いた詳細は、はっきり言って、日記にはあまり書かれていない。私の脳裏にしっかりと刻まれた記憶を、引っ張り出してきたものだ。

 そして私たちは、年末の飲み会で会うまで、何の連絡先の交換もしなかったと思う。たぶん。

 私は、新しい場所での仕事探しと、リサイタルプログラム決めに、躍起になっていた。

 山のようにある自由な時間の中で、友人たちと語り合い、また一緒に帰って来たよっちゃんの方も、新しい生活へ歩み出そうとしていた。
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