仕事、演奏

2017年8月27日 (日)

続編二十三 エミコのリサイタル

 友人エミコのリサイタルは、都内で行われるのかと思っていたら、なんと私の地元の会場となった。彼女は迷った挙句、集客しやすい、音大近郊に決めたらしい。彼女の地元は岡山なので、そちらでも多分、事前に開いたはずである。私はその日、午前中に珈琲屋の友達とお茶をして、それからお店で働くコヤマ君に会い、その後によっちゃんと合流をして、会場へと向かった。

 多分、よっちゃんを連れて来るとは思っていなかっただろう、コヤマ君は、ロビーで友人と一緒に私を待っていてくれて、入って来た私たちを見て、全員、固まってしまった。なんちゅうか、緊迫した空気。それに追い打ちをかけるかのように、コヤマ君は開口一番、「結婚、しないんですか?」とよっちゃんに語りかけた。よっちゃんの顔色が変わる。全くもって、しどろもどろな応え。私は、険悪としか言いようがないその場を解散とした。

 エミコの演奏は、素晴らしかった。勉強の成果が見え、フランスもののプログラムにますます磨きがかかった演奏であった。私はとっても嬉しくなり、自分もまた、頑張らなくちゃ。という気持ちになる。友人が頑張っている姿は、本当に嬉しいものだ。とてもいい演奏会であった。集客がいまひとつだったのが惜しい。私は終演後に片付けを手伝い、山のような荷物を持って、彼女をホテルへと送った。

 翌日、彼女の演奏会に刺激を受けた私は、ピアノを元気よくさらい出していた。

 その時だった。よっちゃんから電話が入り、思いがけないことを聞かされたのは。

 そういえば昨日、彼女の演奏会の打ち上げの時に、よっちゃんはファミレスで私とは別の席に座り、私の女友達の話し相手になっていた。その時、まさかの私の悪口を聞かされたのである。私の日頃の男関係の悪さに愛想を尽かした友人が、よっちゃんにその一部始終を話した。そこまでは私が悪いのであって、まあ仕方がないことなのであるが、それを友人のエミコや他の友人の名前を挙げ連ねて、皆が私のことを一線引いている、というようなことを、よっちゃんに洗いざらい喋ったのである。日頃、オトコをはべらかせていると、思わぬ友人の裏切りにあうので要注意。

 彼は気が動転して、私にそのことを伝えてしまった。それを聞いた私は一気にテンションが下がる。彼は、私が何も知らずに、みんなに笑顔で接しているのが悔しかったからだ、と言った。でも一番ガッカリしたのは彼だったろうに、そしてそれを心に押し留めているのが困難だった彼は、私に喋ってしまったのだ。

 私は途方に暮れて、ピアノなどもう弾く気にもなれず、レッスンを終えてから、抜け殻のように珈琲屋に行ってしまった。そこで会ったコヤマ君に、耐えきれずに打ち明ける。それを聞いた彼は、一言だけ、どうして彼はそのことをミヤっさんに伝えてしまうんだ。と言って、何も優しいことを言ってやれずにゴメン。というセリフと共に、自分に腹を立ててその場を立ち去ってしまう。 あんまり書くと夫は怒るけど、そういう、何というか、女に気の利いたセリフが言えない彼を初めて知った私である。

  私は翌日もらったエミコからの電話に、迷った末、その一件を伝えて、私が今までとてつもなく不愉快な思いにさせていたのだとしたら悪かった、と心から謝った。すると彼女は大変ご立腹となり、何を言っているんだ、私はカオルの男関係に呆れてはいるが、嫌ってなどいないぞ。エミコはカオルが大好きだぞ。と、愛の告白をしてもらう。友情に感動である。私は多少、元気を取り戻し、そしてまたピアノへの意欲も戻った。私が自由過ぎる恋愛に終止符を打ち、彼女いわく真人間に戻った時に、一番祝福をしてくれたのは、紛れもないこの友人、エミコである。

 とりあえずは、十月の末に再会するコルニル先生とのレッスンに向けて、新しい曲を頑張って仕上げなければならない。それから、大学で受けるペルティカローリ先生のレッスンも迫っていた。

 しかし、アメリカでの9.11テロ事件の影響で、この時、飛行機は次々とキャンセルになり、おまけに乗るつもりだったスイスエアーはつぶれると聞かされ、フライト計画が難航していた。

 そんな中、無事にインドから、元気そうな妹のユリコが帰ってきた。そして私は彼女を初めて珈琲屋に誘い、コヤマ君を紹介することになるのである。

2017年8月23日 (水)

続編十九 珈琲屋での発表会

 二〇〇一年、九月二日、日曜日。

 この日はいい天気で、爽やかな秋晴れとなった。嬉しい。記念すべき、我が教室の、第一回門下発表会である。初めてだから右も左もわからず、プログラムを手作りし、気持ちばかりの記念品を用意して、アットホームな司会進行のミニコンサートを行った。

 朝九時頃から生徒たちが珈琲屋に入り始め、バタバタと忙しくなる。貸切で五〜六十席くらいの店内は、満席となった。忙しくコーヒー豆を挽く音がする。私は写真撮影を、妹の彼氏であるぶんちゃんのお父様にお願いしていた。彼は写真家であり、プロだったのであるが、実に快く引き受けて下さり、お祝いだと言っていただいた。お父様にはその後、私の演奏会のチラシ写真なども撮っていただいたりして、大変お世話になっている。

 そして私の初めての発表会は、コヤマ君の助っ人もあり、順調に進んで行った。

 しかし、司会進行をしながら生徒たちを見守り、その中で自分も最後に弾くということは、ものすごくパワーを要し、大変なことであると、その日初めて私は知った。無事終わった時には、私は精も根も尽き果てて、ヘトヘトになってしまった。

 それでも生徒たちは皆、とても上手に弾いてくれて、子どもたちの本番の強さに感動した。珈琲屋のみんなやオーナーにも、選曲も楽しかったし、生徒たちのレベルも高くて、素敵な会だったと褒めてもらえる。コヤマ君からも、ミヤっさん、ちゃあんと子どもたちに教えているね。と言われ、なんだか嬉しかった。この日、出演した可愛い生徒たちは、アヤカちゃん、サヤちゃん、ショーコちゃん、イクミちゃんたちをはじめ、コヤマ君の生徒さんを入れて十二名。あの時は会場をウロチョロとして幼かった子たちも、今では立派な大人になり、このブログでも読んで笑っているだろう。時間の経つのは早い。そして私たちのソロと連弾も無事、成功して、ひと段落。ドッと疲れが出て、コヤマ邸アパートでの二人打ち上げとなった。

 本番が終わった後というのは、本当に嬉しくてハイになるものである。私たちはワインで乾杯をした。もうピアノはいいよね〜と言っていたのに、結局、二人でいろんなCDを聴きまくり、一休みしてから買い出しに出かけ、ニョッキやおつまみを色々作っては食べた。コヤマ君は料理がとてもうまいので、こういう時、彼もヒョイっと軽く作ってくれる、マメなやつである。私は疲れもあって久々に酔っ払い、いい気分だった。そして彼の部屋のベランダに出て、風にあたりながら、私だけがきっと彼に抱いている想いを、せつなく感じていた。何だか、複雑な心境だった。でもまあ、いいや。とりあえずは無事終わった本番に、乾杯である。

 そして翌日。早々にぶんちゃんのお父様は、写真を焼いてくれて、 ぶんちゃんがそれを届けてくれた。とてもよく撮れていて、私は感激した。可愛い生徒たちの写真。小さな会場なので、お父さんはえらく近距離から激写していて、それがまたとっても良かった。珈琲屋の窓辺の緑と、木漏れ日が爽やかに、ピアノを弾く子どもたちと共に絵になっていた。

 それから私は、その中に写っている二枚の写真を見てハッとする。

 そこには私とコヤマ君、そして生徒との、スリーショットが収められていた。

 なんてことのない、普通の写真。

 でもその写真に写った自分たちを見て、私は突然、未来の私たちが結婚をして、我が子である小さな女の子を優しく見守っている、そんな姿がパアッと浮かんできたのである。
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